翔太が総合プロデューサーとして活動を始めてから一年が過ぎた。
商店街はますます発展を続け、年間来客数は前年比二倍を超えていた。翔太の企画した季節イベントや新しい体験プログラムが好評で、リピーターも増加している。
「今月の売上も過去最高です」
翔太が月例報告会で発表した数字に、店主たちからどよめきが起こった。
「翔太さんのおかげですね」
田中のおじさんが感謝を込めて言った。
「いえ、皆さんの努力の結果です」
翔太は謙遜したが、その顔には達成感があった。
桜屋でも、和菓子体験プログラムの人気は衰えを知らなかった。健一郎の指導を受けた参加者たちは、皆満足して帰っていく。
「お父さんも、最近とても楽しそう」
亜矢は母の美奈子に話しかけた。
「そうね」
しかし、美奈子の返事は以前ほど明るくなかった。最近、疲れやすくなったと言っていたが、忙しさのせいだと思っていた。
「お母さん、大丈夫?顔色が悪いみたい」
「ちょっと疲れているだけよ」
美奈子は微笑んだが、その笑顔には以前の輝きがなかった。
「病院に行ってみたら?」
「大げさね。そんなに心配することないわ」
美奈子は話題を変えようとしたが、亜矢の心配は消えなかった。
翌週、美奈子は突然倒れた。
「お母さん!」
亜矢が工房で倒れている美奈子を発見した時、意識はあったが、顔は青白く、呼吸も浅かった。
「救急車を呼んでください!」
健一郎は慌てて電話をかけた。普段冷静な父が、こんなに動揺している姿を見るのは初めてだった。
病院での検査の結果、美奈子は膵臓がんと診断された。
「ステージは三です」
医師の説明に、家族は言葉を失った。
「治療法はありますか?」
翔太が代わりに尋ねた。亜矢も健一郎も、ショックで質問することもできずにいた。
「手術と抗がん剤治療を組み合わせた治療を行います。ただし…」
医師は言いにくそうに続けた。
「五年生存率は二十パーセント程度です」
数字の重みが、診察室の空気を重くした。
その夜、桜屋は静寂に包まれていた。
美奈子は入院し、健一郎は病院で付き添っている。家に残された亜矢は、一人で現実を受け止めようとしていた。
翔太が心配してやってきた。
「亜矢さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃありません」
亜矢は涙を堪えながら答えた。
「どうして今、こんなことが…」
翔太は亜矢を抱きしめた。
「きっと良くなります。お母様は強い方ですから」
「でも、二十パーセントって…」
亜矢の声が震えた。
「数字がすべてじゃありません」
翔太は優しく言った。
「僕たちにできることを精一杯やりましょう」
翌日から、家族の生活は一変した。
健一郎は病院と店を往復する日々。亜矢は母の看病と店の手伝いで疲れ果てていた。翔太も仕事の合間を縫って病院を訪れ、できる限りのサポートをした。
「申し訳ないわね」
美奈子は病床で申し訳なさそうに言った。
「何を言っているんですか」
翔太は優しく答えた。
「家族なんですから、当然のことです」
美奈子は翔太の優しさに涙を浮かべた。
「あなたのような人が娘の相手で、本当に良かった」
「お母様…」
「翔太さん、亜矢をお願いします」
美奈子の言葉に、翔太は深く頭を下げた。
「必ずお守りします」
しかし、その約束を果たすことが困難になる出来事が待っていた。
ある日、翔太のもとに東京の大手建設会社から連絡が入った。
「西村さん、お久しぶりです」
電話の相手は、以前の会社の同僚だった。
「金沢での活動、話題になっていますよ。それで、ぜひお会いしたい方がいるんです」
「どのような方でしょうか?」
「大手ゼネコンの役員の方です。西村さんの手腕を高く評価されていて、ぜひ一度お話しを聞きたいと」
翔太は迷った。今は美奈子の看病で忙しく、東京に行く余裕はない。
「申し訳ありませんが、今は家族の事情で…」
「そのことも伺っています。だからこそ、安定した収入が必要なのでは?」
相手の言葉に、翔太は考え込んだ。
確かに、美奈子の治療費は高額だった。健一郎も亜矢も、そのことで悩んでいるのを知っている。
「一度だけでも、お話を聞いていただけませんか?来週、金沢にお伺いします」
結局、翔太は会うことに同意した。
一週間後、金沢のホテルで面談が行われた。
「西村さんの金沢での実績、本当に素晴らしいですね」
ゼネコンの役員は翔太を高く評価した。
「地域活性化のエキスパートとして、ぜひ我が社で力を発揮していただきたい」
提示された条件は破格だった。年俸二千万円、住宅手当、医療費補助。
「ご家族の医療費についても、会社が全額負担いたします」
その言葉に、翔太は心が揺れた。
「ただし、勤務地は東京本社になります」
「東京ですか…」
「はい。全国の地域活性化プロジェクトを統括していただく予定です」
翔太は迷った。条件は申し分ない。美奈子の治療費の心配もなくなる。しかし、金沢を離れることになる。
「少し考えさせていただけますか?」
「もちろんです。ただし、来月末までにお返事をいただければ」
面談を終えて帰る途中、翔太は重い気持ちを抱えていた。
亜矢にこのことを話すべきかどうか迷ったが、隠しておくわけにはいかなかった。
「東京への転勤の話ですか…」
亜矢は複雑な表情を見せた。
「お母さんの治療費のことを考えると、良い条件ですね」
「でも、君と離ればなれになってしまいます」
「私は構いません」
亜矢は強く言った。
「翔太さんの将来のためです。それに、お母さんの治療費も…」
亜矢の言葉に、翔太はますます迷った。
経済的には理想的な条件だが、愛する人と別れることになる。
そして、三年後の結婚という約束も、遠いものになってしまう。
「もう少し考えさせてください」
翔太は決断を先延ばしにした。
しかし、時間は刻々と過ぎていく。美奈子の病状は日に日に悪化していた。
治療費の負担も、家計を圧迫し始めていた。
現実的に考えれば、東京への転勤は最良の選択かもしれない。
しかし、翔太の心は千々に乱れていた。
愛と現実の間で、究極の選択を迫られていた。
商店街はますます発展を続け、年間来客数は前年比二倍を超えていた。翔太の企画した季節イベントや新しい体験プログラムが好評で、リピーターも増加している。
「今月の売上も過去最高です」
翔太が月例報告会で発表した数字に、店主たちからどよめきが起こった。
「翔太さんのおかげですね」
田中のおじさんが感謝を込めて言った。
「いえ、皆さんの努力の結果です」
翔太は謙遜したが、その顔には達成感があった。
桜屋でも、和菓子体験プログラムの人気は衰えを知らなかった。健一郎の指導を受けた参加者たちは、皆満足して帰っていく。
「お父さんも、最近とても楽しそう」
亜矢は母の美奈子に話しかけた。
「そうね」
しかし、美奈子の返事は以前ほど明るくなかった。最近、疲れやすくなったと言っていたが、忙しさのせいだと思っていた。
「お母さん、大丈夫?顔色が悪いみたい」
「ちょっと疲れているだけよ」
美奈子は微笑んだが、その笑顔には以前の輝きがなかった。
「病院に行ってみたら?」
「大げさね。そんなに心配することないわ」
美奈子は話題を変えようとしたが、亜矢の心配は消えなかった。
翌週、美奈子は突然倒れた。
「お母さん!」
亜矢が工房で倒れている美奈子を発見した時、意識はあったが、顔は青白く、呼吸も浅かった。
「救急車を呼んでください!」
健一郎は慌てて電話をかけた。普段冷静な父が、こんなに動揺している姿を見るのは初めてだった。
病院での検査の結果、美奈子は膵臓がんと診断された。
「ステージは三です」
医師の説明に、家族は言葉を失った。
「治療法はありますか?」
翔太が代わりに尋ねた。亜矢も健一郎も、ショックで質問することもできずにいた。
「手術と抗がん剤治療を組み合わせた治療を行います。ただし…」
医師は言いにくそうに続けた。
「五年生存率は二十パーセント程度です」
数字の重みが、診察室の空気を重くした。
その夜、桜屋は静寂に包まれていた。
美奈子は入院し、健一郎は病院で付き添っている。家に残された亜矢は、一人で現実を受け止めようとしていた。
翔太が心配してやってきた。
「亜矢さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃありません」
亜矢は涙を堪えながら答えた。
「どうして今、こんなことが…」
翔太は亜矢を抱きしめた。
「きっと良くなります。お母様は強い方ですから」
「でも、二十パーセントって…」
亜矢の声が震えた。
「数字がすべてじゃありません」
翔太は優しく言った。
「僕たちにできることを精一杯やりましょう」
翌日から、家族の生活は一変した。
健一郎は病院と店を往復する日々。亜矢は母の看病と店の手伝いで疲れ果てていた。翔太も仕事の合間を縫って病院を訪れ、できる限りのサポートをした。
「申し訳ないわね」
美奈子は病床で申し訳なさそうに言った。
「何を言っているんですか」
翔太は優しく答えた。
「家族なんですから、当然のことです」
美奈子は翔太の優しさに涙を浮かべた。
「あなたのような人が娘の相手で、本当に良かった」
「お母様…」
「翔太さん、亜矢をお願いします」
美奈子の言葉に、翔太は深く頭を下げた。
「必ずお守りします」
しかし、その約束を果たすことが困難になる出来事が待っていた。
ある日、翔太のもとに東京の大手建設会社から連絡が入った。
「西村さん、お久しぶりです」
電話の相手は、以前の会社の同僚だった。
「金沢での活動、話題になっていますよ。それで、ぜひお会いしたい方がいるんです」
「どのような方でしょうか?」
「大手ゼネコンの役員の方です。西村さんの手腕を高く評価されていて、ぜひ一度お話しを聞きたいと」
翔太は迷った。今は美奈子の看病で忙しく、東京に行く余裕はない。
「申し訳ありませんが、今は家族の事情で…」
「そのことも伺っています。だからこそ、安定した収入が必要なのでは?」
相手の言葉に、翔太は考え込んだ。
確かに、美奈子の治療費は高額だった。健一郎も亜矢も、そのことで悩んでいるのを知っている。
「一度だけでも、お話を聞いていただけませんか?来週、金沢にお伺いします」
結局、翔太は会うことに同意した。
一週間後、金沢のホテルで面談が行われた。
「西村さんの金沢での実績、本当に素晴らしいですね」
ゼネコンの役員は翔太を高く評価した。
「地域活性化のエキスパートとして、ぜひ我が社で力を発揮していただきたい」
提示された条件は破格だった。年俸二千万円、住宅手当、医療費補助。
「ご家族の医療費についても、会社が全額負担いたします」
その言葉に、翔太は心が揺れた。
「ただし、勤務地は東京本社になります」
「東京ですか…」
「はい。全国の地域活性化プロジェクトを統括していただく予定です」
翔太は迷った。条件は申し分ない。美奈子の治療費の心配もなくなる。しかし、金沢を離れることになる。
「少し考えさせていただけますか?」
「もちろんです。ただし、来月末までにお返事をいただければ」
面談を終えて帰る途中、翔太は重い気持ちを抱えていた。
亜矢にこのことを話すべきかどうか迷ったが、隠しておくわけにはいかなかった。
「東京への転勤の話ですか…」
亜矢は複雑な表情を見せた。
「お母さんの治療費のことを考えると、良い条件ですね」
「でも、君と離ればなれになってしまいます」
「私は構いません」
亜矢は強く言った。
「翔太さんの将来のためです。それに、お母さんの治療費も…」
亜矢の言葉に、翔太はますます迷った。
経済的には理想的な条件だが、愛する人と別れることになる。
そして、三年後の結婚という約束も、遠いものになってしまう。
「もう少し考えさせてください」
翔太は決断を先延ばしにした。
しかし、時間は刻々と過ぎていく。美奈子の病状は日に日に悪化していた。
治療費の負担も、家計を圧迫し始めていた。
現実的に考えれば、東京への転勤は最良の選択かもしれない。
しかし、翔太の心は千々に乱れていた。
愛と現実の間で、究極の選択を迫られていた。



