颯真は玲央を睨みつけたまま、私の肩を抱き寄せた。
 その腕は驚くほど強く、逃げ場を失うほどだったのに、不思議と安心感しかなかった。

「行くぞ、彩花」

 反論も質問も許さない声。
 私はただ頷き、颯真に導かれるまま部屋を後にした。

 エレベーターで一階に降りる間、二人きりになった途端——

「……怖かったか」

 低く押し殺した声に、胸が詰まった。
 私は小さく「はい」と呟く。

 その瞬間、颯真の手が私の後頭部を支え、額と額を合わせる。

「二度と、こんな目に遭わせない」



 車に乗り込むと、颯真はすぐに自宅マンションへ直行した。
 無言のままリビングに入り、私をソファへ座らせる。

「説明しろ。あいつに何を言われた」

「……私を篠崎さんから奪うって」

 言葉にした途端、颯真の表情が一層冷たくなった。

「やはりそうか。……俺の目の前でそんなことを言わせるわけにはいかない」

「でも……私が油断したから——」

「違う。お前は悪くない」

 颯真は私の両手を包み込み、ゆっくりと指を絡めた。

「悪いのは、俺だ。お前を“隠す”ことにこだわって、余計な隙を与えた」

「……隠していたのは事情があるからじゃ——」

「その事情ごと潰す。もう二度と誰にも近づかせない」

 言葉の熱に、心臓が早鐘を打つ。
 次の瞬間、颯真の腕が私の背に回り、強く抱き締められた。

「彩花……お前は俺のものだ。他の誰にも渡さない」

 耳元で響く声が、甘く、恐ろしいほど真剣だった。
 その胸に顔を埋めながら、私はもう何も言えなくなっていた。