金曜日の夕方。
社内は月末業務で慌ただしく、秘書課も来客応対や資料準備でてんやわんやだった。
私は常務室から頼まれた追加資料を抱え、急ぎ足で廊下を進む。
角を曲がった瞬間——
正面から颯真が歩いてきた。
周囲には役員クラスの男性が二人、一緒に歩いている。
咄嗟に会釈だけして通り過ぎようとすると、颯真が唐突に口を開いた。
「彩花、少し来い」
予想外の呼びかけに、同行していた役員たちが怪訝そうにこちらを見る。
私は慌てて「失礼します」と頭を下げ、颯真の後を追った。
連れてこられたのは、会議棟の奥にあるVIP応接室。
重い扉が閉まる音がして、ようやく二人きりになる。
「……ここで呼び止めるなんて、誰かに怪しまれます」
「怪しまれても構わない」
「えっ……?」
颯真はゆっくりとネクタイを緩め、ソファに腰を下ろす。
その目は昼間の冷徹な上司のものではなかった。
「本当はな……もう隠す必要なんてないと思ってる」
「じゃあ、どうして——」
「……まだ動かせない案件がある。俺だけの問題じゃない」
その言葉に、胸が締めつけられる。
私たちの関係を隠している理由——やはり、何か大きな事情があるのだ。
「心配するな。……時が来たら、全部話す」
そう言って、彼は私の手を取り、指先に軽く口づけた。
その仕草は、誰にも見せたことのない“夫”の顔そのもの。
「それまで……お前は俺のそばにいろ」
耳元で囁かれた声に、頷くしかなかった。
けれど——
この時はまだ、すぐそこまで迫っていた波乱を知る由もなかった。
社内は月末業務で慌ただしく、秘書課も来客応対や資料準備でてんやわんやだった。
私は常務室から頼まれた追加資料を抱え、急ぎ足で廊下を進む。
角を曲がった瞬間——
正面から颯真が歩いてきた。
周囲には役員クラスの男性が二人、一緒に歩いている。
咄嗟に会釈だけして通り過ぎようとすると、颯真が唐突に口を開いた。
「彩花、少し来い」
予想外の呼びかけに、同行していた役員たちが怪訝そうにこちらを見る。
私は慌てて「失礼します」と頭を下げ、颯真の後を追った。
連れてこられたのは、会議棟の奥にあるVIP応接室。
重い扉が閉まる音がして、ようやく二人きりになる。
「……ここで呼び止めるなんて、誰かに怪しまれます」
「怪しまれても構わない」
「えっ……?」
颯真はゆっくりとネクタイを緩め、ソファに腰を下ろす。
その目は昼間の冷徹な上司のものではなかった。
「本当はな……もう隠す必要なんてないと思ってる」
「じゃあ、どうして——」
「……まだ動かせない案件がある。俺だけの問題じゃない」
その言葉に、胸が締めつけられる。
私たちの関係を隠している理由——やはり、何か大きな事情があるのだ。
「心配するな。……時が来たら、全部話す」
そう言って、彼は私の手を取り、指先に軽く口づけた。
その仕草は、誰にも見せたことのない“夫”の顔そのもの。
「それまで……お前は俺のそばにいろ」
耳元で囁かれた声に、頷くしかなかった。
けれど——
この時はまだ、すぐそこまで迫っていた波乱を知る由もなかった。

