初めて彼女を見たときから、何かが胸に引っかかった。
 大手商社の秘書——それだけなら珍しくもない。
 けれど、あの落ち着いた眼差しと、凛とした立ち姿。
 無駄に媚びない態度が、妙に心に残った。

 その後、彼女の周りを少しずつ探っていくと、いつも決まって篠崎颯真の傍にいた。
 上司と部下。
 だが、ただの職務上の関係ではないと、すぐに勘づいた。



 ——なら、奪ってみたくなるだろう。

 勝ち気な性格でもない、派手な色香を振りまくタイプでもない。
 なのに、一度目を合わせたら最後、胸を掴まれたまま離れなくなる。
 篠崎が手放さない理由が、何となくわかる気がした。

 けれど、それが余計に腹立たしい。
 あの完璧な男が持っているものを、自分が奪い取ればいい——そう思った。



 あの日、残業していた彼女を見つけたとき、チャンスだと思った。
 送るという名目で近づき、腕を掴む。
 驚いた表情さえも、美しいと思った。

「少し話がしたいんだ」

 そう言って、所有ビルの応接室へ連れ込む。
 鍵をかけたとき、妙な安堵を覚えた。
 これで、彼女は自分のものになるかもしれない、と。



「俺の方が幸せにできる」

 本心だった。
 篠崎の冷たい表情より、自分の方がきっと笑わせられる。
 そう信じていた——あの扉が開くまでは。

「……そこから離れろ」

 振り返った瞬間、背筋が凍った。
 氷の刃のような視線。
 あの一言で、自分が勝てないと悟った。



 彼女は篠崎の腕に抱き寄せられたまま、振り返らなかった。
 その背中を見送りながら、痛感する。
 ——あれは、どれだけ手を伸ばしても届かない絆だ。

 そして、悔しさと同時に、不思議な安堵があった。
 あの男なら、彼女を決して傷つけないだろうと。