颯真が私たちの関係を公表してから、二週間が経った。
 社内では最初こそ好奇の視線が向けられたが、それも次第に落ち着き、今では自然に受け入れられている。

 昼休み、私が会議資料を抱えて廊下を歩いていると——

「彩花、こっちだ」

 颯真の声がした。
 振り向くと、常務室の扉の前に立つ彼が、当たり前のように手招きしている。
 以前なら人目を避けていたその仕草が、今は堂々としていて、少し誇らしい。



「午後の会議まで時間がある。……一緒に昼を食べよう」

「会議の準備は——」

「それも一緒にやればいい」

 当然のように隣に並び、社員食堂へ向かう。
 周囲の視線を感じても、もううつむくことはなかった。

 席に着くと、颯真がトレイを受け取って、私の分のスープを注いでくれる。

「こういうの、職場じゃできなかっただろう?」

「……そうですね」

「これからは、全部できる」

 当たり前のように言う声が、心の奥まで温かく染み込んでいく。



 夜、自宅。
 仕事終わりに二人で寄ったスーパーの袋をキッチンに置くと、颯真がエプロンを手渡してきた。

「今日は一緒に作ろう」

「常務が、ですか?」

「常務じゃない。夫としてだ」

 エプロンの紐を後ろで結んでくれる手が優しい。
 そしてそのまま腰を引き寄せられ、耳元で囁かれた。

「俺の隣にいてくれて、ありがとう」

「……こちらこそ」

 振り返ると、彼の瞳が柔らかく細められた。
 冷徹な上司も、独占欲の強い旦那様も——全部が私の大切な人。



 鍋から湯気が立ち上る。
 その温もりと同じくらい、私たちの新しい日常は甘く、そして確かなものだった。

「これからはずっと、隠さない。……いいな?」

「はい」

 微笑みを交わし、私は頷いた。
 ——こうして、“隠れ旦那様”だった彼との日々は、堂々と隣に立つ日常へと変わっていった。