パーティーが終わり、帰りの車に乗り込むまでの間、私はずっと視線にさらされていた。
 役員、同僚、取引先——皆が驚きと好奇心を隠せない顔をしていた。

「……すごい注目でしたね」

 後部座席でため息をつくと、隣の颯真が口元だけで笑う。

「当然だ。社内の誰も、俺が結婚しているなんて知らなかったんだからな」

「知らなかった、じゃなくて……隠してたんじゃないですか」

「隠していたのはお前を守るためだ。……だが、もう必要ない」

 言い切る声に、胸の奥が熱くなる。
 彼は私の手を取り、指先に軽く唇を落とした。



 翌朝、出社すると秘書課は小さな騒ぎになっていた。
 同僚たちが机を寄せ合い、ひそひそと話している。

「……やっぱり、奥さんは彩花さんだったのね」

「いつも冷たそうにしてたのに、水面下でそんな……」

 気まずくなりかけたところで、颯真が常務室から現れた。
 全員の視線が一斉に向かう。

「おはよう。……彩花、来い」

 ためらう暇もなく呼ばれ、彼の隣に立たされる。
 颯真は淡々と、しかしはっきりと告げた。

「昨日発表した通り、彼女は私の妻だ。公私の区別はつけるが、彼女に対して無用な詮索は控えてほしい」

 静まり返った空間に、その低い声が響く。
 次の瞬間、同僚たちが一斉に「おめでとうございます」と笑顔を向けてきた。



 昼休み。
 給湯室でお茶を淹れていると、背後から腕が回された。

「っ……颯真さん!」

「誰もいない。……こうして抱きしめるのを、ずっと我慢してた」

「職場ですよ……」

「職場でも、俺の妻だ」

 耳元に落とされた声が甘くて、抗えない。
 昨日まで“隠れ旦那様”だった人が、今は堂々と私を抱きしめている——その事実に、頬が熱くなる。

「これからは、公然と甘やかすから覚悟しておけ」

 そう言って、彼は私の額に軽く口づけた。
 社内のざわめきも、取引先の視線も、もう何も怖くなかった。