あーあ。どうしよう。
 
 降って湧いた災難に、手も足も出ない。
 涼ちゃんは宙ぶらりんだし、白河会長はこっちからお断りしてしまった。

 悩みに押し込まれた先は袋小路のどん詰まり……
 
 ううん。大丈夫。
 まだ私には頼りにできるものがある。
 
 こういう時、必ず立ち寄る場所がある。
 通学路から一本奥まった道路に沿ったグリーンスポット、市民の森。
 雑木林とは違って自治体で整備されていて、歩道代わりに飛び石が敷かれている。
 
 とん、とん、とん。
 
 飛び石を渡って緑地の奥に入り込む。
 木漏れ日が地面に描く形がダイヤモンドみたいにきらきら揺らめいた。
 
「……ふふ、つーいた」
 
 お目当ての場所にたどり着く。
 目印は、小さな神社みたいに屋根のついた置物。

 こういうの、祠っていうんだっけ?
 
 その脇に添えられているベンチが私のお気に入りスポットだ。
 
 ベンチに座り、隣に置いたリュックから裁縫道具の入ったポーチを取り出す。そしてやりかけの刺繍枠も。
 
「…………」
 
 カァ、とカラスの鳴き声をBGMに無言でちくちく針を刺す。
 偶然にもモチーフは鳥だ。
 
 悩み事がある時、こうして誰もいないところで私は手を動かしながら作品作りに没頭する。
 作るものは刺繍でも編み物でもなんでもござれ。
 無心になれれば、それでいいのだ。
 
 ひと針ひと針が進むごとに、無地の舞台に色が踊る。
 色糸が波を描いて、枝が遊んで。
 指先から流れ込んだ悩みが、糸を通して分解されていくような気がする。
 
 私はこの時間が大好きだ。
 悩みがあっても、こうして向き合える手段があるのはとても心強い。
 
 言葉にできないこと、誰かに伝えにくいことも、縫い針や編み棒が吸い取ってくれる。
 そして出来上がった作品ひとつひとつは、私の心を写し取った分身のようなもの。
 だから私は手芸が好きだし、その場所を失いたくない。
 
「なんとかできれば、いいんだけどな……」
 
 無意識に呟いてから、隣に佇むミニ神社、もとい祠をちらりと見た。
 ちょうどベンチに座る私の背丈と同じくらいの大きさなので、ずっと隣にいると友人くらいに思えてくる。
 この木目ひとつひとつに、今までに私が零したとりとめのない呟きが染み込んでいるんじゃないかと思うくらいに。
 
「ねえ、なんとかしてよ。手芸部を存続させるにはどうしたらいい?」
 
 自分で自分がイタイ奴だなー、と思いつつ話しかける。
 
 答えなんて期待していないけど。
 っていうか建物が喋ったら怖いよ。
 こう見えてリアリストなんだからね!
 
 カァ、とどこかでカラスが鳴いた。
 ……カラスにまで馬鹿にされてるのか、私は。
 
 わずかな風に、しめ縄だったはずのぼろい紐が揺れている。それを見てふと思いついた。
 
「……綺麗な紐、お供えしてみようかな」
 
 地域のニュースで、お地蔵さんに可愛い前掛けを作ってあげているのを見たことがある。
 これだって、ボロいものまみれよりは少し綺麗にしたほうがいいかもしれない。
 
 リュックの中をごそごそ探す。
 完成した作品を持ち歩いてるビニールポーチを引っ張り出すと、すぐにお目当てのものが見つかった。
 
「あったー!」
 
 友だちに頼まれて作ったミサンガだ。
 推しカラーがいいとか概念カラーがいいとか、いろいろわがままなリクエストを受けているうちに、自分でも欲しくなって作ってみたのだ。
 ベンチにばらりと広げた中から一本を選ぶ。
 茶色と金色の糸で作ったものだ。
 
「これならシックかつゴージャスで似合いそう!」
 
 自分のアイディアにわくわくしながら、まずはどう飾ろうかと祠の前にしゃがみこんだ。
 カラスは餌でも見つけたのか、カァカァとひっきりなしに鳴いている。
 
 触れないようにかざしてみる。ミサンガの長さは足りそうだ。
 
「うーん。釘とかに引っ掛けるのがいいのかな。っていうかこういうのってやっぱり誰かに許可取らなきゃだめ……?」
 
 踏ん切りがつかずにミサンガと祠を交互に見つめる。
 
 その時、カラスが一際大きく鳴いた。