何が起きたのかわからなかった。
 
 私の叫び声と、私を庇う真神の腕の力強さと。
 
 濡れたように光る漆黒の羽根。
 それがすべて吹き飛ぶほどの衝撃が――この部屋を満たして、そして消えていった。
 
 一瞬、真っ白になった視界がゆっくりその輪郭を取り戻していく。

 真神は変わらずここにいてくれている。
 鹿弥さんは計兎くんの盾になるように両腕を広げている。
 その背に庇われた計兎くんは――赤い目をぱちくりさせていた。

「な、なになになに? 今、何が起こったの? 鹿弥のファインプレー? それとも真神の遠吠えで超音波型遠隔攻撃が炸裂した?」

 相変わらずの弾丸トーク。
 大丈夫。計兎くんは、無事だ。

「計兎くん、大丈夫!? どこか痛いところは……」
「え!? 特に、何も……?」

 計兎くんは体をぺたぺた触って確認する。そしてハッと手首をかざした。

「これ……」

 計兎くんの手首が。
 ううん、手首のミサンガが。
 白と赤の刺繍糸と同じ色にほんのり光っている。

「……私の、ミサンガが……?」

「……ははっ、やはり東雲さんは本物のようだね」

「!」

 慌てて白河会長に向き直る。
 その手に握られていた黒い羽根がぼろぼろと崩れ落ちていくところだった。

「東雲さん。きみの作るものにはチカラが宿る。これでいろいろなことが納得できるんじゃないかい?」
 
「チカラ……?」

 チカラ、って何?

「霊力、神力、はたまた魔法。呼び方はなんでもいいけれど、きみの手によって作られたものは加護を得るようだ。だからきみは人あらざるモノに好かれる。そう、たとえばユーレイになったミサキガミとかに、ね」
 
「!」
 
「君の作品に込められた想いは清らかで心地いい。それはあらゆるモノを惹き付けるし、トラブルさえ引き寄せてしまう。だから俺はきみが欲しいんだ」
 
「ほ、欲しい、って」

 白河会長は何を言ってるの?
 私にそんな力があるなんて、信じられない。

 すると、真神が私をぎゅうと強く抱き締めて前に立った。

「美羽を利用するな。お前は美羽を試しただろう。力の有無だけで評価するようなヤツに美羽は渡せない」

 真神……。
 どこまでも私を守ろうと、尊重しようとしてくれるその背中が途方もなく大きく頼もしく見える。
 どっと胸に溢れてくる真神の優しさに目の奥が熱くなるけれど、今はそんな場合じゃない。

 ごしごしと目を擦って真神の隣に立つ。

 今度こそ。

 バングルに触れる。
 指先に力を込めて、ぐっと取り外す。

 痛みは、走らなかった。

「白河会長。お返しします」

 すっとバングルを持つ手を差し出せば、白河会長は珍しいものを見るように私とバングルを交互に見つめて、やはりふっと王子様の微笑みを見せた。

「わかったよ。きみの勇気に免じてこれは引き取る。俺も少し強引だったかなと思っていたし、ちょうどいいかな」

 白河会長はバングルを受け取った。
 彼の手に触れた途端、バングルが黒い羽根に変わってひとりでに巻きつく。

「東雲さん……いや、美羽。これだけは覚えておいて」

 その時、私はバングルを返したことで少し気が抜けていた。
 だから呆気なくもう一度手首を取られて――

「俺はきみを諦めたわけじゃないから」

 ぐいっと勢いよく引っ張られた先には、白河会長の美貌が目の前にあった。

 長いまつ毛がかすかに揺れて、 なめらかな鼻先が、頬を掠めて――

「……っ!!」

 白河会長の唇が、触れた。