「もういいですよ、大橋先生。あなたの役目は終わりです」

 ガラリとドアが開いて、男子生徒が顔を出した。
 穏やかなテノールボイスに、優雅な物腰。
 パンパン、と手を打って注意を引き付けたその横顔は――

「白河会長!?」
 
「こんにちは、東雲さん」

 
 どうして白河会長がここに?
 っていうか先生の役目が終わりって?
 
 
 疑問ばかりが次から次へと飛び出してきて、何を問えばいいのかわからない。

「あとは生徒同士の問題ですので、先生はお引き取りを。お忙しい中ありがとうございました」
 
「……そう? なら、お任せするわ」
 
 丁寧に礼をした白河会長の前を、先生は無感情にスタスタと通り抜けて部屋を出る。
 ふたりの影が重なる瞬間、黒い羽根のようなものがひらりと揺れた。

 ぴしゃりと閉められたドアによって、文化祭の喧噪がシャットアウトされる。
 
 手芸部4人に生徒会長。
 この5人だけが世界に取り残されたみたいだ。
 
 口火を切ったのは白河会長だった。
 
「手芸部という居場所を奪って生徒会に引き込むつもりだったけれど、案外粘るものだね。しかもユーレイになったミサキガミを手懐けていたなんて……うん、ますます東雲さんが欲しくなったな」

 ふわりと微笑む口元から紡がれる物騒な単語の数々に耳を疑う。
 けれど同時に、数々の疑問とその答えがトランプのカードを広げるようにばらまかれていった。
 
 うそ、こんなことって。
 
 ぐらり、と揺れた身体が支えられる。
 見上げれば、真神の腕が私の腕をしっかりと掴んでいた。
 
 
「お前、カラスか」
 
「今頃気づいたのかい? 狼はのんびり屋なんだね」

 私と真神の両脇を、鹿弥さんと計兎くんが固める。一瞬にして物々しい空気が辺りを包んだ。

 カラス?

 頭で理解するより先に、手のひらがどくんと脈打った。
 
 あの日。あの時。
 ミサンガを狙ってきたカラスの群れ。
 一瞬で距離を詰めてきたあのガラス玉のような目を思い出す。

 
 ――ガラス玉!

 
 そうだ、大橋先生の目が!

 さっき感じた違和感はそれだ。
 先生はあの時のカラスと同じ目をしていた。
 やたらに攻撃的で、こちらの言うことが通じない恐ろしさ。

「白河会長。大橋先生に何をしたの?」
 
「大したことじゃない。もういつもの大橋先生さ。心配しなくても手芸部廃部も撤回してくれる。何せ東雲さんたちの成果は圧倒的だったから、ね」

 白河会長は謎めいた微笑みで片目をつぶってみせた。
 その余裕に背筋をぞくぞくしたものが駆け上がる。
 
「そういうんじゃなくて……!」

 確かに大橋先生は苦手な先生だけど、あんな目をするようなひとじゃなかった。
 カラスが何かわからないけれど、もし私を襲った時みたいに酷い目に遭わされていたなら……
 
「この期に及んで先生の心配をするなんて、本当に東雲さんは懐が深いね。ねえ、やっぱり手芸部なんて放り出して生徒会に入らないかい? きみなら歓迎するんだけれどな」
 
 ずい、と身を乗り出した白河会長に体が勝手に怯えて喉がひゅっと鳴る。
 
 このひと、何を隠しているの?