「……せい、待ってくださいよ」
「……って…………じゃないですかー」
廊下が騒がしくなった。
鹿弥さんと計兎くんの声だ。
それに混じって女の人の声がする。
聞き覚えのあるこの声は……
「大橋先生!?」
たちまち恋のドキドキが波乱の予感のドキドキにガラリと変わる。
真神を突き飛ばして速攻で身なりを整えた。
「った! 美羽、お前は時々人間離れした腕力を見せるな……」
「そんなことより真神、先生が来る!」
手櫛で髪を整えて手鏡でチェックする。
よし、大丈夫。
それをリュックに無造作に突っ込んだところで――ガラリとドアが開いて、ジャージ姿の大橋先生が立っていた。
「あら、閑古鳥ね」
部屋を見渡して第一声がそれですか。先生。
思わず作り途中の刺繍枠をさっと隠したけれど、いくら鳥モチーフだからと言ってこれを閑古鳥だと連想してほしいわけじゃないし、私だって閑古鳥の意味くらい知っている。
っていうか入口の貼り紙見なかったんですかー!?
完売御礼って書いてあるじゃないっ!
「おかげさまで、昨日です・べ・て、売り切れたんです」
すべて、を強調して発音し、両手を広げてすっからかんになった陳列棚を見せびらかした。
この芝居がかった仕草は、涼ちゃんの受け売りでもある。
ある意味で一世一代の晴れ舞台、というか大舞台だもの。
負けてなるものか、と気合いをこめて先生を見据えた。
けど、大橋先生は特に驚いた様子もなく私から視線を外す。
「……ふうん。で、売上は?」
「それはこのようにー!」
スチャッとタブレットを起動した計兎くんが先生に売上管理アプリの画面を見せる。
そこには昨日私が一目見て腰を抜かした金額が表示されているのだ。
どうだ!
やり遂げたんだからね! 私たちは!
だけど、先生の感想は予想の斜め上をいくものだった。
「これ、価格の設定は適正だったの?」
「……へ?」
「素人の作品に見合わない高値をつけて売りつけたんじゃないの? って聞いてるの。今の時代、100均でも材料は揃うんですってね。それにちょっと手を加えただけでウン百円だの、ぼったくりよ」
ぼ、ぼ……
ぼったくりぃ!?
そりゃあ先生にもプライドってモンがあるのはわかる。
だから素直に拍手喝采されておめでとう! なんて言ってもらえるような期待をするほど楽観的じゃなかったけど……感想がそれって。そんなのって。
頭の中が沸騰してる。
ドラゴンみたいに火でも吐けそう。
だけど、ぐるぐる渦巻いてるこの感情は、私がここを焼き尽くしたからって収まるものじゃない。
怒りすぎると言葉が出ないって初めて知った。
それをいいことに、私をやりこめたと思ってるのか、大橋先生の言葉はよどみない。
「確かに数字は出したのかもしれないけど、そもそも1回だけの成果じゃ手芸部の存続も難しいんじゃないの? 彼ら新入部員だって同学年じゃない。下級生まで巻き込んでいかないと持続可能とは言えないわよねえ」
「……っ」
ひどい。
真神たちにまで文句をつけるの?
私のことを心配して、わざわざ動物から人間の姿になってくれたミサキガミ。
彼らの優しさまで踏みにじるなんて。
売上金額が気に入らないなら返金したって構わないけれど、それは真神や鹿弥さん、計兎くんの頑張りまで放り出すのと同じことだ。
「先生、今のは――」
奥歯を噛み締めて一歩踏みだす。
けど、それより一瞬だけ早く、鹿弥さんの声が聞こえた。
「赤ビーズ60個入、100円。テグス100円。丸カン30個入、100円。チェーン100円」
鹿弥さんはノートに貼ったレシートを読み上げていた。
ビーズアクセを作るために私が100均で買ってきた時のものだ。
「赤のビーズだけで作るとして税込で440円。別途、道具にはピンセットやニッパーが必要ですがここでは割愛しますね。大橋先生にお聞きしますが、この価格でブレスレットを作れますか?」
「……って…………じゃないですかー」
廊下が騒がしくなった。
鹿弥さんと計兎くんの声だ。
それに混じって女の人の声がする。
聞き覚えのあるこの声は……
「大橋先生!?」
たちまち恋のドキドキが波乱の予感のドキドキにガラリと変わる。
真神を突き飛ばして速攻で身なりを整えた。
「った! 美羽、お前は時々人間離れした腕力を見せるな……」
「そんなことより真神、先生が来る!」
手櫛で髪を整えて手鏡でチェックする。
よし、大丈夫。
それをリュックに無造作に突っ込んだところで――ガラリとドアが開いて、ジャージ姿の大橋先生が立っていた。
「あら、閑古鳥ね」
部屋を見渡して第一声がそれですか。先生。
思わず作り途中の刺繍枠をさっと隠したけれど、いくら鳥モチーフだからと言ってこれを閑古鳥だと連想してほしいわけじゃないし、私だって閑古鳥の意味くらい知っている。
っていうか入口の貼り紙見なかったんですかー!?
完売御礼って書いてあるじゃないっ!
「おかげさまで、昨日です・べ・て、売り切れたんです」
すべて、を強調して発音し、両手を広げてすっからかんになった陳列棚を見せびらかした。
この芝居がかった仕草は、涼ちゃんの受け売りでもある。
ある意味で一世一代の晴れ舞台、というか大舞台だもの。
負けてなるものか、と気合いをこめて先生を見据えた。
けど、大橋先生は特に驚いた様子もなく私から視線を外す。
「……ふうん。で、売上は?」
「それはこのようにー!」
スチャッとタブレットを起動した計兎くんが先生に売上管理アプリの画面を見せる。
そこには昨日私が一目見て腰を抜かした金額が表示されているのだ。
どうだ!
やり遂げたんだからね! 私たちは!
だけど、先生の感想は予想の斜め上をいくものだった。
「これ、価格の設定は適正だったの?」
「……へ?」
「素人の作品に見合わない高値をつけて売りつけたんじゃないの? って聞いてるの。今の時代、100均でも材料は揃うんですってね。それにちょっと手を加えただけでウン百円だの、ぼったくりよ」
ぼ、ぼ……
ぼったくりぃ!?
そりゃあ先生にもプライドってモンがあるのはわかる。
だから素直に拍手喝采されておめでとう! なんて言ってもらえるような期待をするほど楽観的じゃなかったけど……感想がそれって。そんなのって。
頭の中が沸騰してる。
ドラゴンみたいに火でも吐けそう。
だけど、ぐるぐる渦巻いてるこの感情は、私がここを焼き尽くしたからって収まるものじゃない。
怒りすぎると言葉が出ないって初めて知った。
それをいいことに、私をやりこめたと思ってるのか、大橋先生の言葉はよどみない。
「確かに数字は出したのかもしれないけど、そもそも1回だけの成果じゃ手芸部の存続も難しいんじゃないの? 彼ら新入部員だって同学年じゃない。下級生まで巻き込んでいかないと持続可能とは言えないわよねえ」
「……っ」
ひどい。
真神たちにまで文句をつけるの?
私のことを心配して、わざわざ動物から人間の姿になってくれたミサキガミ。
彼らの優しさまで踏みにじるなんて。
売上金額が気に入らないなら返金したって構わないけれど、それは真神や鹿弥さん、計兎くんの頑張りまで放り出すのと同じことだ。
「先生、今のは――」
奥歯を噛み締めて一歩踏みだす。
けど、それより一瞬だけ早く、鹿弥さんの声が聞こえた。
「赤ビーズ60個入、100円。テグス100円。丸カン30個入、100円。チェーン100円」
鹿弥さんはノートに貼ったレシートを読み上げていた。
ビーズアクセを作るために私が100均で買ってきた時のものだ。
「赤のビーズだけで作るとして税込で440円。別途、道具にはピンセットやニッパーが必要ですがここでは割愛しますね。大橋先生にお聞きしますが、この価格でブレスレットを作れますか?」


