文化祭2日目。
 
 鹿弥さんによってしたためられた渾身の一筆――「完売御礼」を出入口に掲げてスタートした。

 なんだろうなあ。この尻すぼみ感。
 竜頭蛇尾? ってやつ?

「美羽はワーカホリックだな。目標は達成したんだから余暇を満喫しろ」
 
「ミサキガミがワーカホリックとか言わないで……」

 手持ち無沙汰なので結局やりかけの刺繍を仕上げてしまうことにした。
 ああ、やっぱりもの作りしてる時が一番落ち着く……。

「俺は、昨日ですべて売り切れて良かったと思ってる」

 作業している私と背中合わせになるように椅子に腰かけている真神が、おもむろにそんなことを言い出した。
 
「え? そりゃあ私だって売り切れて嬉しいけど……」
 
「そうじゃない。仕上げの話だ」
 
「仕上げ……あ!」

 一瞬で、気持ちだけが昨日に巻き戻る。
 
 お客さんにささやかな魔法をかけていた真神の笑顔。
 私がいつも思っていたことを形にして届けてくれた真神の「仕上げ」。
 素敵なものであるとわかっていても、あの笑顔を向けられたお客さんの華やかな笑顔がどうにもスルーできない。
 
 あんな笑顔、反則だ。
 いつもぶっきらぼうで、黙ってひっついてきて、そのくせ都合のいい解釈ばかりする真神。
 そんな真神が、はっきりと口に出して誰かの幸せを祈る。
 私じゃないひとを笑顔にして、それで平然としているなんて……

「……ミサキガミだからって、やり過ぎよ」
 
「ほう? どうやり過ぎなんだ?」
 
「うわっ」
 
 背中の温もりが消えたと思った瞬間、ずいっと近寄ってきた真神のドアップに度肝を抜かれた。
 
 ドキドキするからやめて!
 いろんな意味で!

「美羽がその顔をするから面白くて、ついつい仕上げにも熱が入った」
 
「あ、あのねえ。ひとの顔をエンタメにしないでよ」
 
「答え合わせがしたい」
 
「私の話聞いてる!?」

 無性に腹が立って、刺繍道具を置いて真神の鼻をむぎゅっとつまむ。
 鮮やかな仕返しが決まって「ぐっ」とうめく真神にちょっとだけ胸がスッとした。
 鼻を放してあげると、真神は軽く擦りながら私の肩をそっと抱き寄せた。
 
 復活が早い!
 それに、とっても……距離が、近い。
 
「嫉妬――していただろう?」
 
「…………」

 沈黙。
 
 否定する言葉がない。
 ううん、否定してしまったら、私の昨日がなかったことになってしまう。
 
 そうだ。
 私、真神の笑顔をふりまかれたお客さんたちに、嫉妬していた。
 笑顔でのぼせ上がったお客さんが、紙袋の受け渡しの時に偶然を装って真神の手に触れていたのも知ってる。
 そりゃあこんなイケメンに幸せを祈られて不思議な気分を味わせてもらったら、もう少し、を望んでしまうひとだっているだろう。

 ……でも。
 
「真神はさ、私の願いを叶えてくれるって言ったでしょ」
 
「ああ」
 
「私が命の恩人だって言ったよね」
 
「そうだな」
 
「…………ごめん、今から重いこと言う」
 
「いいぞ」
 
 すうっと息を吸う。
 吸い込んだばかりのさらさらした新鮮な空気が、自分の中のどろりとした苛立ちに染まって、みっしりと胸の中を埋めつくそうとする。
 
 その寸前、口を開いた。
 
「他の女の子に笑いかけないで。他の子にくれる分の笑顔も言葉も、……も、全部ほしい」
 
 途中でくぐもったのは、恥ずかしくなってしまったからだ。
 自分でもなんて言いたかったんだかわからない。
 でも、どうしようもないヤキモチ以上の何かが私を突き動かして口をついた。
 
 わかって。

 伝わって。

 そんな身勝手な想いで真神の袖をきゅっと握る。
 真神は何も言ってくれない。
 
 ああ、やっぱり重すぎて引いたかな……