「みーう。天気いいから中庭でごはん食べな……っと、彼氏くんたちの通い婚なう、かしらん♪」
 
 
 文化祭が近づいてきたある日のお昼休み。
 
 購買のビニール袋をガサガサ揺らしながら手芸部部室に入ってきた涼ちゃんの声が途中で止まる。
 ニヤついた浮かれ声とともにとんでもない単語が聞こえてきたので、思わず手を止め、顔を上げて訂正を叫んだ。
 
「ちっがう! ちがうからね、涼ちゃん!!」
「アラ、旦那様ズのほうが良かった?」

 むふ、なんて絵文字そっくりの顔とジェスチャーで茶化してくる涼ちゃんは、すっかり真神たちを本物の手芸部員と信じ込んでいる。
 やっぱりミサンガに込めた術に不備があるわけではなさそうだ。
 
 騙して申し訳ない気持ちもありつつ、こうして普通に接してくれる涼ちゃんを見るとありがたくもある。
 この件が落ち着いたら、お礼も兼ねて演劇部のために何か作ろうかな。
 
 それにしても、彼氏だの旦那だの、涼ちゃんのアドリブは臨機応変さの賜物だ。
 でもそれはここで発揮しなくてもいいような気もするんだけどね!
 
「魅上さん、その呼び方採用しましょう」
 
「魅上ちゃんさま、こちら賞品です。心ばかりの金色のお菓子でございまーす」
 
「きゃあ~! さくさくパイ生地カスタードシュークリーム!」
 
 はしゃぐ涼ちゃんは計兎くんから進呈されたシュークリーム片手にくるりとその場で一回転した。
 そのままの勢いで空いている椅子に座る。
 机にずらりと並べられたビーズアクセにメタリックヤーンのティッシュケース、つまみ細工のキーホルダーを見て「わあお」と小さく声を上げた。
 
「うーん、美羽ったら相変わらずすごいペース。ちゃんと休んでる?」
 
「当然だ。美羽の体を労るのも俺の役目」
 
「真神に聞いてないよ」
 
 玉留めをしながら突っ込むと、仕返しとばかりにお腹に回された腕にきゅっと締め付けられた。
 
 今がどういう状況かというと、私は椅子に座る真神の膝に乗せられている。
 もう気にしたら負けなのだ。
 だから小物制作に集中することにした。
 ちなみに今はポーチを縫っている。

 そして完成した作品は別の机にずらりと並べられている。
 計兎くんがいい感じの画角で写真を撮りまくり、学内SNSにあげるための素材として編集作業を頑張ってくれている。
 
 鹿弥さんは、それに付けるキャッチコピーや説明文を考えてくれている。
 人目を引き、なおかつ購買意欲をそそる文章は結構難しいのに、鹿弥さんは鼻歌交じりに取り組んでいるのだから、きっとセンスがあるに違いない。

「そうだ美羽さん。それぞれの作品を、売り物とは別に余分にもう1個、作ってもらえますか」
 
 鹿弥さんは何かに気がついたらしい。
 破損していた時の交換用かな? 本当によく気がついてくれるひとだな。

「そうそう美羽ちゃん。このあたりのアクセの色、もーちょいカラバリ増やせる?」

 写真を撮る手を止めた計兎くんも何か考えがあるらしい。
 ビーズの収納ケースをチェックしてみる。
 赤、青、黄色といった基本に加えて紫や白に黒もある。なんとかいけそうだ。
 
「ん、できそう。このあたりで欲しい色があったら言ってくれると助かる」
 
「んー、じゃあ緑と(だいだい)でよろしくっ」
 
「橙……」
 
「え? ああ、オレンジね。みかん色っ」

 てへっと舌を出して笑う計兎くんにごまかされそうになったけど、橙って久しぶりに聞いたな……
 カラバリ、とか平気で使ってるから忘れてたけど、むかーしから生きてるカミサマのお使いなんだった。