「え」
 
 そのまま真神は一気に中身をあおる。
 
 うそっ!?
 
 真神も喉が渇いてたのかもしれないけど!
 でも今、ここで、私の目の前で飲み干す!?
 
 呆気にとられた私の顎がぐいと持ち上げられる。

 真神の顔が今までで一番近くにあった。
 
「……っ」
 
 文句を言おうと中途半端に開いていた口が塞がれた。
 
 琥珀色の瞳が、目の前でゆっくりと瞬きをする。
 
 長いまつ毛がまぶたの当たりをくすぐった。
 
 喉を落ちていく水の感覚だけが冷たくて。
 
 
 ――こくん。
 
 
 いつのまにか鼻をつままれていたせいで、飲み込む以外の選択肢は無くなっていた。
 
 飲み込みきれなかった水が唇の端をつうと垂れていく。

 それを追いかけた親指の腹がぬぐい去る。
 琥珀色の瞳が、三日月型ににんまりと細められた。

 
 こ、これって。
 
 き、き、キ…………!

 
「落ち着いたか」
 
「ま、ま、まま、まか、みっ!!」

 何事も無かったように……ううん、ただ咳を心配してくれている途中のように背中をさすられて、はじめて咳が止まっていることに気がついた。
 
 それは良かった。良かったのだけど!

 
「な、なんてこと、してくれるのよ!」
 
「ん? 喉が荒れているから咳き込むんだろう。なら湿らせてやればいい。そうではないか?」
 
「そうだけど! 何もキ、キ……キス、することないじゃない!」
 
 それもあんなに深いの!
 
 頭に血がのぼりすぎてくらくらしてくる。
 
 乙女の純情を弄ぶなんて、ミサキガミの風上にも置けない!
 ちょっとコイツの管轄していた神様! 教育的指導入れてー!!
 
 反省の色ひとつ見せない真神をどうしてやろうかとわなわな震えていると、「あ!」と鹿弥さんが急に大きな声を出した。
 
「わっ、鹿弥、なにっ、どしたの!?」
 
 計兎くんも飛び跳ねる勢いでびっくりしている。
 鹿弥さんは、眼鏡からこぼれ落ちそうなほど目をまん丸にしていた。
 
「真神、あなた、それ」
 
「ん? …………あ」
 
 真神もそれ以上言葉が出てこなかった。
 それに気づいた私も、計兎くんも。

 
 真神の体が。
 
 
 半透明だった体が――はっきりとした実体に変化していた。
 薄ぼんやりしていた輪郭も、私と同じような質感に変わっている。
 
 
「真神……生きて、る?」
 
「……これ、は」
 
 真神は自分の手を握ったり開いたりを繰り返す。
 私は自然とそこに自分の手を重ねた。
 
 
 透けない。
 
 
 真神の体は、生きている人間そのものだ。