「ふむふむ。手芸部廃部、ですか」
 
 聞き上手な鹿弥さんに乗せられ、いままでのいきさつをすべて説明した。
 
 たくさん喋って喉が渇いたな……
 そう思いつつも真神に抱きしめられているから身動きは取れないし、恐れ多くも神様の使いをパシリにするなんてできやしない。
 とりあえず喉の渇きは置いておくことにした。
 
 それより手芸部廃部のほうが一大事だ。
 
「っていうか、先生おうぼーう。ボク思うんだけど、9割方、先生の陰謀だね。片手間に指導するのがめんどくなったからお荷物は捨てたくなったクチだよ」
 
「お、お荷物……」
 
 的確な計兎くんの指摘に頷いていたところに、ド直球のストレート発言をくらって撃沈する。
 
 ま、まあ実績ゼロの手芸部を指導していても先生の評価には何もプラスにならないか……そっか……

 漫画だったら真っ白に固まってさらさらと粉になって消えていくコースまっしぐらだ。
 
「わーっ!? ごめんごめん、これは美羽ちゃんがお荷物ってわけじゃなくて一般論! ね?」
 
 冗談抜きで粉になりかけていたらしく、慌てた計兎くんがフォローに入って事なきを得た。
 
「計兎、美羽を泣かせるな。ジビエにするぞ」
 
「は? そのセリフそのまま返すけど」
 
 いきなりドスの効いた声が割り込んできたかと思えばこれだ。
 間髪入れずに返す計兎くんの反射能力も凄まじい。
 
 ジビエって駆除した害獣を美味しく頂きますってアレだよね……っていうかジビエ、知ってるのか。
 
「真神、物騒……」
 
 そそくさと腕の中で懸命に距離を取ろうとすると、真神は慌てて腕を引き戻してくる。
 
「すまない、美羽はジビエは苦手か」
 
「いや、ジビエとかじゃなくて発想が……」
 
 しおしおとしょげかえる真神の頭にはぺたんと伏せた耳が見える。
 
 おかしいな。人間のそこに耳はないよね?
 
「真神は美羽さんにはとことん弱いですね」
 
「骨抜きってやつじゃない?」
 
 くすくすと笑う鹿弥さんと計兎くんはいいコンビだ。
 
「そうだ。美羽が第一。最優先。それの何が悪い」
 
「うわあ、開き直った」
 
「まあ、その意見には賛同しますけどね」
 
 三者三様に頷かれて、私の方が赤くなる。
 こんなにもお姫様みたいな扱いをされて嬉しくないわけがないもの。
 
「……そ、それで! 私は手芸部のために、何をしたらいいのかな、と」
 
 なんとか軌道修正に成功した。
 彼らは顔を見合わせる。
 
「美羽ちゃん、第1の課題はクリアだよ」
 
「えっ」
 
 もう? っていうか第1の課題って……
 頭の中で涼ちゃんが書いてくれたルーズリーフを思い浮かべる。

 1、部員を最低でもあと3人集めること。

 部員って、まさか。
 彼ら3人を順番に見つめる。
 
「察しがいいな、美羽。俺たちが手芸部部員になって、数合わせをしてやろう」
 
 
 えっ!?
 
 確かに必要な人数はちょうど3人。
 兼部でもないから大橋先生に突っ込まれる心配はない。
 
「ぶ、部員は我が校の生徒のみに限らせて頂いておりまして……」
 
 気持ちは嬉しいけれど、兼部どころの問題じゃない。
 学校は部外者立ち入り禁止だ。
 
「この格好なら、生徒に見えるでしょうか?」
 
「え!?」
 
 早着替えする舞台俳優も裸足で逃げ出すほどのスピードだった。
 
「どう? 似合う?」
 
 なぜかギャルピースを決める計兎くんが目の前でくるりと一回転して見せる。
 
 どこからどう見ても、うちの中学の制服姿だった。
 
 ブレザーのラペルは、一部の制服マニアから高い人気を得ている柄までそっくりそのまま。
 学年別で分けられているネクタイの色は私と同じ学年の臙脂色だ。
 
「この格好なら、問題はありませんね」
 
 鹿弥さんがきゅっとネクタイを締め直す。
 指先の動きがなんとも中学生らしからぬ色気をかもしだしていて、慌てて目を逸らした。
 
「どうだ、美羽。俺たちは役に立つだろう」
 
 もちろん後ろでドヤ顔をしてくる真神も、制服をきちんと着こなしていた。

 ……若干、シャツの第1ボタンが外れかかっていたけれど。
 
「ええと……ってことは」
 
「手芸部、部員3名追加ということだ。良かったな。ひとまずの危機は去ったぞ」
 
 ははは、と快活に笑う真神につられて口元が緩む。
 
 まあそれは、どこか引き攣った笑顔しか浮かべられなかったのだけれど。