距離を取ろうともぞもぞ動いていると、真神の手首に何か見覚えのあるものを見つけて覗き込む。
 茶色と金色の、シックかつゴージャスな色合い。
 
「ミサンガ……」
 
「ん、ああ。拾っておいたぞ。なくすと悪いので着けていたんだ。美羽に返そう」
 
 取り外されたものを手のひらに握らされる。
 あの時少し汚れたけれど、見慣れたものがあるだけで安心感がどっと押し寄せてきた。
 
「美羽が、あの場所でそれを作っている時から、俺たちはずっと美羽を見ていた」
 
「え……」
 
「その腕飾りも、刺繍も。夏の暑い時季から襟巻きを編んでいることもあったな」
 
「し、知って……?」
 
 びっくりした。
 
 確かにあの公園を見つけて以来、ひとりで考えをまとめたいときはあそこで作業する事が多かったけれど、まさか見られていたなんて。
 
「封じられた日数を数えるのも飽きて、意識がぼやけてきた頃に、美羽ちゃんが来てくれたんだよ」
 
「そうですね。いろいろと念じながら作っていたのを知っています」
 
「ね、念っ!?」
 
 そんな恐ろしげなものを作っていたつもりはないのだけれど。
 そう話す私の顔があまりにも固まっていたのか、慌てて鹿弥さんが訂正してくれた。
 
「ああ、すみません。そういう意味じゃなくて、ですね。誰かに贈るものを作っている時に、気に入ってくれるだろうか、とか喜んでくれたらいいな、とかそういう思いを込めていましたよね?」
 
「ああ……なるほど」
 
 良かった……!
 知らず知らずのうちに曰く付きの編み物を作っていたなんて嫌すぎる。
 
「誰かをひたむきに思いやる気持ちっていうのは、それだけでボクらみたいなミサキガミには力になるんだ。美羽ちゃんのおかげで、真っ暗闇に取り残されたボクらにひとすじの光が見えた」
 
「ミサキガミというのは神様の使いと書きます。神様はひとの願い、祈りが行き着く終着点。神に祈りを届けるお手伝いをしていた俺たちにとって、美羽さんの祈りはまさに原点。自分の立ち位置を思い出させてくれた灯台のようなものです」
 
 
 灯台。
 私が、あそこでちくちくと作っていたことが?
 
 
「で、でも、私、そんなに毎日誰かのことを思ってばっかりじゃないし……そんな、褒めてもらえるようなことばかり考えて生きてないよ? お、大袈裟すぎる」
 
 ミサキガミが神様の使い?
 
 そんな畏れ多い存在をどうこうできるなんて有り得ない。
 すると、後ろで真神が私の手をそっと取った。
 
「ああ、美羽があの椅子でたくさん悩んでいたことも知っている。答えが出たことも出なかったこともあっただろう。またそれも、俺たちの本能を刺激した」
 
「本能?」
 
「言っただろう。神の使いだと。神は願いを聞き届ける。立ちはだかる困難に挫けそうになった時、ひとは神に願う。助けてくれ、と」
 
「俺たちはそうした声を聞き届けて、神様に捧げてその加護を受け渡していました。そして願いが叶った人間からの喜びをもまた神様に申し伝える……。ね? これってお使いでしょう?

 だから神の使いと書いて神使(ミサキガミ)と読むのですよ」
 
 
 鹿弥さんが茶目っ気たっぷりにウィンクした。
 
 思いや願いといった思念を人から神へ、神から人へ。
 バケツリレーのように運び続けているのだとしたら、彼らミサキガミは確かにお使いだ。
 
「あの祠で封じられていた俺たちにとって、美羽の存在は原点であり羅針盤であり、灯台であり……とにかく心の拠り所だった」
 
 真神に抱き寄せられて背中があたたかくなる。
 
 
 とくん、とくん。
 
 ユーレイみたいに透けているのに、あたたかいなんて。
 これはどちらの鼓動だろう?
 
「だから俺たちは願った」
 
「ミサキガミが?」
 
「ああ。今までずっと願いを運んできた俺たちが初めて願った。この灯火を守らせてくれ、と」
 
 それって。
 
「この祈りを見届けさせて欲しいと」
 
「それが俺たちの願い。美羽ちゃんの望みを叶えてあげる。だって、美羽ちゃんは命の恩人なんだから」
 
 
 私が、神様のお使いの……ミサキガミの、命の恩人?
 
 ぱちくりと瞬きして、彼らを見つめる。
 
 私を見つめるそれぞれの顔に、初めて会った時の動物が二重写しになって見えた。
 
 狼、鹿、兎。
 
 彼らが私を――助けて、くれるの?