「ひええっ!」
 
 意識するのと同時に手を突き出した。
 
 お相撲さんのつっぱりみたいだけど、そんなこと気にしてる場合じゃない!
 
 彼の口元を覆った手に力を入れてぐいぐい押し返す。
 
 あ、こっちからも触れるんだ!
 物理攻撃は有効だった!
 やったね!
 
 ……じゃ、なくってえ!!
 
「む、むぐぐっ、むう!」
 
「いやーーっ!」
 
 
 いくらイケメンでも、会ったばかりのひとにキスなんてっっ!
 
 私だって夢見る女子中学生だ。
 憧れのキスのシチュエーションなんて10や20、持ち合わせている。
 
 夕焼けに染まる校舎の片隅、カーテンの揺れる合間に……とか、昼休みにふたりっきりの屋上で……とか、語ればキリがないのだ。
 
 それをおいそれと今名前を知ったばかりのひとに捧げるなんて、ぜっったいムリ!
 
 不可!!
 
 ノーセンキュー!!
 
 
 私の渾身の力に根負けしたのか、真神(キスを強要するようなやつは呼び捨てでいい。今決めた)は自分から体を逸らして距離を取った。
 口元を手の甲で拭いながら肩で息をしている。
 
「な、なんだ。そんなに驚くことか!?」
 
「そ、そりゃあ驚くに、決まって……!」
 
 こっちもパニック状態だ。
 
 カラスに襲われ、狼に助けられ、そしてまた狼に別の意味で襲われるなんて!
 傷を治してくれたのは有難いけれど、それとこれとは話が別。
 
 これ以上何かしようものなら、ただじゃおかないんだからっっ!
 
 フーッと猫のように威嚇して睨みつけること、十秒。
 一触即発なこの状態を断ち切ったのは、パンパンと響いた乾いた音だった。
 
「はいはい、人の体を得たからって嬉しくなって発情しないでください。美羽さんに我々がそういうモノだと誤解されたらどうするんですか」
 
 眼鏡をかけた長身の男性が手を叩きながら、たしなめるように割って入る。
 穏やかな物腰は学校の先生みたいだ。
 
「誰が、は、発情してるなどと!」
 
「真神に決まってるでしょー。“男は狼”って別に真神のためにある言葉じゃないからね」
 
 眼鏡さんの後ろからひょこりと顔を出したのは、可愛い顔立ちの男の子。
 すごく小さく見えるのは、眼鏡さんが長身だから?
 それとも、この子が小柄だから眼鏡さんが大きく見えるのかな?
 
 さっきまで私を翻弄していた空気はどこへやら。
 すっかりペースを乱された真神はくしゃりと髪を掻き乱す。
 
 あっ、ちょっとかっこいい、かも。
 いやいや、ほだされるな私。
 自分をしっかり持って、私!!
 
鹿弥(ロクヤ)計兎(ケイト)、お前たちはどうしていつもそう勝手に……」
 
「誰かさんが――」
 
 鹿弥、と呼ばれたのは眼鏡さんだった。
 真神の言葉に割り込んできた朗々としたテノールはとてもよく響く。
 
「眠っている美羽さんの部屋に侵入したものですからね。俺たちも勝手のひとつやふたつ、しますとも」
 
「そーそー。ノンデリにもほどがあるっつーかさあ。嫌われるよ、マジな話」
 
 その後に続いたのはおそらく計兎と呼ばれた男の子だ。
 くりくりとした大きな瞳がすごく鮮やかできれい。
 ふたりとも真神と同じく着流し姿だ。
 
 鹿弥さんは深い茶色で計兎くんは真っ白な生地。すごく似合っている。
 彼らは一言ずつで真神を黙らせて脇に押しのけ、部屋に入ることなく敷居の向こうで膝を着いた。
 まじまじと見るまでもなく、気づいてしまった。

 あのふたりも、体が透けてる!