え、えええっ!?
驚きすぎて声が出ない。
透けてるとか、輪郭がおぼろげに見えるとか、全部まとめてすっ飛んでしまった。
手の甲にキス、だなんて……
こんなの、王子様しかやらない仕草だよ!?
だけど普通、おとぎ話に出てくる王子様はマントに身を包んだ洋装だ。
それに引き換え、目の前の彼は着流し? 浴衣? まあ、とにかく思いっきり和風だ。
そもそも私だって布団にいるし。
それがどうして王子と姫みたいなことになってるの? もうわけがわからない。
「傷は癒えたが、痛みの記憶はあるだろう。すまなかった。守ってやれなくて……」
その言葉に、カラスに囲まれて万事休すになったあの瞬間がフラッシュバックする。
あれぞまさしく四面楚歌。ううん、空中にまで敵が居たんだから五面楚歌だ。
怖い思いをしたんだから勝手に足すのくらい誰にも文句は言わせないんだから。
ガア、ガーア!
耳元で濁った鳴き声が蘇る。
「やっ……」
とっさにうつむいて身を縮こまらせていると、背中に大きな温もりを感じた。
「す、すまない。怖がらせるつもりはなかった」
とん、とん。
ゆっくりと、一定のリズムで背中を撫でるように優しく叩かれる。
着流しからどこか懐かしい香りが鼻をくすぐった。
甘い香り。
ケーキみたいな甘さじゃない。
花の香りでもないし、柔軟剤みたいな甘ったるさとも違う。
例えるならこれは、そう、お香みたいだ。
箪笥にしまわれていたちりめん布から香る、あの独特の甘さ。
どこか懐かしくて、でも思い出の何処にもない、しっとりしたあの香り。
ちりめん細工を作る時に馴染んでいた、思い出の香り。
「ほっとする……」
いつのまにか、声に出ていたらしい。
くすりと肩のあたりで笑う気配がした。
「や、ええと、あなたじゃなくて、その、香りが……」
「つれないことを言うな。それにあなた、だなんて他人行儀にも程がある。真神と呼んでくれ」
「まか、み?」
その名前には……聞き覚えがある。
どこでそれを聞いたんだっけ?
つい最近のはず、だけど。
ゆっくりと顔を上げると、彼も身を起こす。
至近距離に顔があってびっくりした。
これだけ近くで見ると、さすがに輪郭ははっきりしていた。
向こう側もあまり透けて見えない。
さらりと銀の髪がうなじに揺れて首筋を滑る。鎖骨あたりで毛先が遊んでいる。
これは――生きて、いる、の?
「そうだ、真神……。そうやって、美羽に呼ばれたい」
すうと細められた目は琥珀色。
この瞳は知っている。
答えはすぐそこにあったのだ。
「狼……?」
そうだ。
私をカラスから助けてくれた銀の狼。
同じように細めた瞳は、やはり同じ輝きを放っていた。
「会いたかった、美羽」
腕の中で見上げた笑顔が近づく。
え、これって、ひょっとして、まさか――キ、ス……!?
驚きすぎて声が出ない。
透けてるとか、輪郭がおぼろげに見えるとか、全部まとめてすっ飛んでしまった。
手の甲にキス、だなんて……
こんなの、王子様しかやらない仕草だよ!?
だけど普通、おとぎ話に出てくる王子様はマントに身を包んだ洋装だ。
それに引き換え、目の前の彼は着流し? 浴衣? まあ、とにかく思いっきり和風だ。
そもそも私だって布団にいるし。
それがどうして王子と姫みたいなことになってるの? もうわけがわからない。
「傷は癒えたが、痛みの記憶はあるだろう。すまなかった。守ってやれなくて……」
その言葉に、カラスに囲まれて万事休すになったあの瞬間がフラッシュバックする。
あれぞまさしく四面楚歌。ううん、空中にまで敵が居たんだから五面楚歌だ。
怖い思いをしたんだから勝手に足すのくらい誰にも文句は言わせないんだから。
ガア、ガーア!
耳元で濁った鳴き声が蘇る。
「やっ……」
とっさにうつむいて身を縮こまらせていると、背中に大きな温もりを感じた。
「す、すまない。怖がらせるつもりはなかった」
とん、とん。
ゆっくりと、一定のリズムで背中を撫でるように優しく叩かれる。
着流しからどこか懐かしい香りが鼻をくすぐった。
甘い香り。
ケーキみたいな甘さじゃない。
花の香りでもないし、柔軟剤みたいな甘ったるさとも違う。
例えるならこれは、そう、お香みたいだ。
箪笥にしまわれていたちりめん布から香る、あの独特の甘さ。
どこか懐かしくて、でも思い出の何処にもない、しっとりしたあの香り。
ちりめん細工を作る時に馴染んでいた、思い出の香り。
「ほっとする……」
いつのまにか、声に出ていたらしい。
くすりと肩のあたりで笑う気配がした。
「や、ええと、あなたじゃなくて、その、香りが……」
「つれないことを言うな。それにあなた、だなんて他人行儀にも程がある。真神と呼んでくれ」
「まか、み?」
その名前には……聞き覚えがある。
どこでそれを聞いたんだっけ?
つい最近のはず、だけど。
ゆっくりと顔を上げると、彼も身を起こす。
至近距離に顔があってびっくりした。
これだけ近くで見ると、さすがに輪郭ははっきりしていた。
向こう側もあまり透けて見えない。
さらりと銀の髪がうなじに揺れて首筋を滑る。鎖骨あたりで毛先が遊んでいる。
これは――生きて、いる、の?
「そうだ、真神……。そうやって、美羽に呼ばれたい」
すうと細められた目は琥珀色。
この瞳は知っている。
答えはすぐそこにあったのだ。
「狼……?」
そうだ。
私をカラスから助けてくれた銀の狼。
同じように細めた瞳は、やはり同じ輝きを放っていた。
「会いたかった、美羽」
腕の中で見上げた笑顔が近づく。
え、これって、ひょっとして、まさか――キ、ス……!?


