パッと音のした方を見ると、三澄が律に背を向けてこちらに歩いてくる様子が見えた。怜花はその場にサンダルを脱いで立ち上がり、音のした方へと軽く駆けた。すれ違う三澄が申し訳なさそうに怜花を見る。
「なんか砂に足取られて自爆したよ。」
「……自爆ですよね、やっぱり。」
「八つ当たりされたら困るから逃げてきちゃった。あとは任せます。」
「任されます。」
三澄を里依に返す時間が来たようだ。怜花はタオルをぎゅっと握り、再び駆ける。足が砂に取られて、確かにぐらつく。律はというと手はついたものの、間に合わなかった半身が濡れてしまっているようだった。ぶるぶると軽く頭を振っても、髪の先から少しぽたぽたと雫が落ちる。
「……こうなる気がしてたよ。」
「えぇーこんなことまでお見通しなの?」
「私は絶対濡れたくないから、まず水から出てこっちに来てくれる?」
「怜花もさ、ちょっとだけ足つけない?絶対ふざけてびしょびしょにするとかはやんないから。」
「……絶対だよ?タオル、これ以上ないんだからね?」
「やんないって。はい、手。」
律が差し出した手をそっと掴み、怜花は両足首が浸かるところまで沈めた。冷たくはなく、触れては引いていく波の満ち引きの感覚を感じながら、潮の香りを再び吸い込んだ。
「ちょっと気持ちよくない?不思議な感じっていうか。」
「……思えば、初めてかも、海に入ったの。」
「実は俺もなんだよね。来年は海行く?」
「……泳ぐとかじゃなくていいならいいよ。」
「綺麗な海見れるとこ行こうか。問題は俺の休みがあるかどうか!」
「大体問題はいつもそれでしょう?というか、いいから頭貸して。ちょっと下げて。」
「はぁい。」
律が素直に怜花の方に向かって頭を下げる。怜花はぽふっとタオルを被せ、ごしごしと雑に拭いた。
「うわ、結構ぐいぐいやるー!家でやってくれる時の方が優しくない?」
「だって時間がないじゃん。待たせるわけにもいかないし。」
「それもそっか。」
遠くで里依が海に向かってスマートフォンを向けた。カシャッというシャッター音が響き、隣に座った三澄はその画面を覗き見た。
「上手いね、里依さん。」
「何枚か撮ってみたんですけど、光の加減で怜花の顔がなかなか写らなくて。でもやっとこれで、撮れました。」
里依は満面の笑みを三澄に向ける。そんな愛しい姿に三澄の頬も自然に緩む。
夕日に照らされながら優しく微笑み合う親友とその大切な人の写真を見つめると、里依の口元にも優しい笑みが浮かんだ。
「帰ろっか。」
「うん。」
律の手がいつものように優しく、怜花の手を引く。怜花はそっと、繋いだ手に力を込める。
「何ー?可愛いだけなんだけど。」
「んー?色々思い返したの。律の手が何でも解決してきたなぁって。」
「えぇ?それを言ったら怜花のご飯が万能じゃなかった?」
「え、そうかなぁ。」
「そうですー。」
律の手がさらにきゅっと怜花の手を握る。
「今日は一緒に夕飯作ろうね。」
「メインは律にお願いしよっかな。」
「任せて!」
太陽が完全に水平線に吸い込まれて、光が少しずつ失われていく。もうすぐ夜になる。何度も一緒に過ごした夜が、今日も昨日と同じ温度でやってくる。
たくさんの夜を繋いできた。悲しい夜も寂しい夜も、泣いた夜もある。それでも何度もこの手に導かれて顔を上げた。何度も何度も、この手は怜花を『ここ』に戻してくれた。戻る場所は、眠れる場所は『ここ』にある。
怜花の左手に指を絡めたまま、律が不意に握った手を挙げた。一瞬だけ薬指が光って、それを見つめた律は優しく微笑んだ。
「俺も早く指につけたいなーそれ。」
「うっ……ごめん。」
「全然?俺のために考えてぐるぐるしてるんだろうなってわかってるからね。だから俺は引き続き押し続けるだけだよ。怜花が今すぐ結婚します!って言うまでね。」
「……それは、い、言えるかな。」
「言えるよ。ってか言ってよー!俺お預け食らってるから!」
「ごめんって!」
目が合えば笑い合える。優しくて穏やかな空気がずっと柔らかく二人を包む。二人は砂に足を取られながら、ひらひらと手を振る里依と三澄の元までゆっくりと歩いた。
*fin*
「なんか砂に足取られて自爆したよ。」
「……自爆ですよね、やっぱり。」
「八つ当たりされたら困るから逃げてきちゃった。あとは任せます。」
「任されます。」
三澄を里依に返す時間が来たようだ。怜花はタオルをぎゅっと握り、再び駆ける。足が砂に取られて、確かにぐらつく。律はというと手はついたものの、間に合わなかった半身が濡れてしまっているようだった。ぶるぶると軽く頭を振っても、髪の先から少しぽたぽたと雫が落ちる。
「……こうなる気がしてたよ。」
「えぇーこんなことまでお見通しなの?」
「私は絶対濡れたくないから、まず水から出てこっちに来てくれる?」
「怜花もさ、ちょっとだけ足つけない?絶対ふざけてびしょびしょにするとかはやんないから。」
「……絶対だよ?タオル、これ以上ないんだからね?」
「やんないって。はい、手。」
律が差し出した手をそっと掴み、怜花は両足首が浸かるところまで沈めた。冷たくはなく、触れては引いていく波の満ち引きの感覚を感じながら、潮の香りを再び吸い込んだ。
「ちょっと気持ちよくない?不思議な感じっていうか。」
「……思えば、初めてかも、海に入ったの。」
「実は俺もなんだよね。来年は海行く?」
「……泳ぐとかじゃなくていいならいいよ。」
「綺麗な海見れるとこ行こうか。問題は俺の休みがあるかどうか!」
「大体問題はいつもそれでしょう?というか、いいから頭貸して。ちょっと下げて。」
「はぁい。」
律が素直に怜花の方に向かって頭を下げる。怜花はぽふっとタオルを被せ、ごしごしと雑に拭いた。
「うわ、結構ぐいぐいやるー!家でやってくれる時の方が優しくない?」
「だって時間がないじゃん。待たせるわけにもいかないし。」
「それもそっか。」
遠くで里依が海に向かってスマートフォンを向けた。カシャッというシャッター音が響き、隣に座った三澄はその画面を覗き見た。
「上手いね、里依さん。」
「何枚か撮ってみたんですけど、光の加減で怜花の顔がなかなか写らなくて。でもやっとこれで、撮れました。」
里依は満面の笑みを三澄に向ける。そんな愛しい姿に三澄の頬も自然に緩む。
夕日に照らされながら優しく微笑み合う親友とその大切な人の写真を見つめると、里依の口元にも優しい笑みが浮かんだ。
「帰ろっか。」
「うん。」
律の手がいつものように優しく、怜花の手を引く。怜花はそっと、繋いだ手に力を込める。
「何ー?可愛いだけなんだけど。」
「んー?色々思い返したの。律の手が何でも解決してきたなぁって。」
「えぇ?それを言ったら怜花のご飯が万能じゃなかった?」
「え、そうかなぁ。」
「そうですー。」
律の手がさらにきゅっと怜花の手を握る。
「今日は一緒に夕飯作ろうね。」
「メインは律にお願いしよっかな。」
「任せて!」
太陽が完全に水平線に吸い込まれて、光が少しずつ失われていく。もうすぐ夜になる。何度も一緒に過ごした夜が、今日も昨日と同じ温度でやってくる。
たくさんの夜を繋いできた。悲しい夜も寂しい夜も、泣いた夜もある。それでも何度もこの手に導かれて顔を上げた。何度も何度も、この手は怜花を『ここ』に戻してくれた。戻る場所は、眠れる場所は『ここ』にある。
怜花の左手に指を絡めたまま、律が不意に握った手を挙げた。一瞬だけ薬指が光って、それを見つめた律は優しく微笑んだ。
「俺も早く指につけたいなーそれ。」
「うっ……ごめん。」
「全然?俺のために考えてぐるぐるしてるんだろうなってわかってるからね。だから俺は引き続き押し続けるだけだよ。怜花が今すぐ結婚します!って言うまでね。」
「……それは、い、言えるかな。」
「言えるよ。ってか言ってよー!俺お預け食らってるから!」
「ごめんって!」
目が合えば笑い合える。優しくて穏やかな空気がずっと柔らかく二人を包む。二人は砂に足を取られながら、ひらひらと手を振る里依と三澄の元までゆっくりと歩いた。
*fin*



