夜を繋いで君と行く

「育の電話番号だけはメモして、自分のスマホも家に置いて出たから、新しく契約し直して、それで育にすぐ電話した。家はまぁ大変だったみたいだよ、母親が父親にえらく叱られたらしい。でも、原因は自分だってことは最後までわかってなかったみたい。お前の監督不行き届きとか言ってたらしいけど、違うだろって。あ、ごめん、父親の話はもうしないんだった。」
「大丈夫だよ、お父様のお話でも。その、律がお家を出られたんなら、痛い目にはもう遭わないんだと思うし。」

 怜花がそう言うと律はふわっと微笑んだ。

「うん。そこからの話は全部、育に聞いたことで俺は直接見聞きしてないからわからない。自分への反省の言葉がなかったことだけは聞いたからそれはそうなんだろうね。まぁそこからはがむしゃらにバイトした。まずは生活費、少しでも多くと思って。生まれて初めてバイトをしたから最初は大変だった。」
「何のバイト、したの?」
「色々やったよ?スーパーのレジ打ちもしたし、塾とかでも働いたかな。居酒屋もやったんだけど、なんか結構人間関係が面倒ですぐやめちゃった。付き合おうとか、連絡先渡されたりとかも面倒で。そもそも俺はこれからどうやって生きていこうかってことを考えてたわけだからね。医者になる気はない。大卒でもない。多少の学力はあっても、職務歴はない。志をもったことがなかったから、あの空間が嫌で飛び出したところでやりたいことなんて降ってくるはずもなかったんだよ。それでも、今も昔もあの場所を出たことは後悔していないよ。俺はやっと、自分が何を食べたくて、何を食べたくないのか考えることができる場所に行けたからね。」

 怜花は本当に何でもないことのように語る律をまっすぐ見つめた。そして今までのことが一つ一つ確かに繋がっていく。食事のリクエストはいつも楽しそうだったこと、なるべく一緒にキッチンに立ちたがること、作るのも好きになっていること、そんな律の姿がいつも以上に大切に思える。そんな思いを込めて、怜花は律のことをそっと抱きしめた。

「律の好きなもの、今ならいっぱいわかるよ、私。」
「うん。怜花はリクエストあったほうが張り切ってくれるし、あとそういう張り切ってる怜花見るの、好きだしね。だから好きなんだよ、怜花と過ごす時間も一緒のご飯も。怜花が一番だけど、最初にそういう温かいご飯があるってことを教えてくれたのは、笹塚さんたちだったんだけど。」
「笹塚さん……?」

 かつて少しだけ聞いた恩人、『笹塚』
 律の会社の社長であり、当時は恩人であったその人の声優としてのキャリアや出演作は知っている。しかしきっとこれから語られる律との話は、怜花の知り得なかった、それでいて今の律を形作る上では大きな一部だったのであろうことは想像に難くなかった。