夜を繋いで君と行く

 怜花はさらに律の手を強く握った。握った手の上に、涙の雫が落ちる。怜花は顔を上げることができなかった。

「だからずっと俺は父親が嫌いだったんだ。食事中に怜花とするみたいな何気ない話とか、したことない。口を開けば成績。志望校に行けるのか、塾を増やすかとか家庭教師つけるかとかさ。」
「おかあ、さん、は……?」
「あの人は、父親の言いなり。ただ家事をして、父親の機嫌を窺って、んで俺が父親の機嫌を損ねることをしないように必死で。小学校とかの頃は父親以外は揃って食べてたかもしれない。中学、高校ってなるにつれて塾っていうまぁ、俺にとっては逃げ場だよね。それがあることで顔を合わせる時間は減ったんだけど、でも段々父親の目標が近付いてくるわけじゃん?」

 進路とは本来、父親の目標ではない。しかし今ここで律が『父親の』と言った意味はわかる。本当にそうなのだ。

「よくドラマとかで私たちの志望校とか母親が言って子供追い詰める、みたいなやつあるでしょ?まさにあれね。18歳の俺はさ、落ちるとわかって、行きたいかどうかすら考えることすらさせてもらえなかった大学を受けて、もちろん落ちたんだ。」

 怜花は足を崩し、床につけた。そしてどれだけ強く歯を食いしばっても落ちてきてしまった涙をそのまま浮かべて、律を一度見つめた。怜花の腕はまっすぐに律に伸びた。

「……嫌な、人。」
「怜花の口からそういうの出るの、初めてじゃない?」

 いつもと変わらないトーンの律の声に、余計に涙が出た。背中まで腕を回してぎゅっと強く抱きしめると、怜花の背に律の片腕が回った。

「律は、……少しも、悪くない。いい子すぎる。」
「でしょ?だってさぁ、18年間いい子でいたんだよ。勉強は常に上位で、運動も別にできなかったわけじゃない。水泳は嫌いだったけど、できないことがあってはダメだってことでスイミングで特訓させられた。ありとあらゆる苦手を潰すように教育されたんだからそりゃ優等生に育つよね。」

 怜花は首を横に振った。

「……違うよ。機会を与えられたのは、そう、かもしれない。でも、嫌なことなのにできるようになるまでやったのは、律だよ。勉強をしたのも律で、特訓を逃げ出さなかったのも律。律がずっと、頑張ってたんだよ。今もずっと、頑張ってる。」

 自分が何かに対して努力することをとても低く見積もる人だというのは薄々感じていた。それは当然のことなのだ、と飲み込んで何でもやってしまう人。九重の話も蘇る。『そうすることが当たり前になっている』と言っていた。声優の技術は当然のことながら、現場でのコミュニケーションも率先して行ってしまう。それが好き、というわけではないのは何となくわかる。本当は静かな人なのだ。怜花と一緒に居る中でたくさんの話をしてきたけれど、それと同じくらいただ少しだけ触れるような距離にいて、肩が触れるだけで満足して静かに台本を読むなんて時間も等しく多かった。