夜を繋いで君と行く

* * *

 舞台挨拶を終えて、控室にゆりあが戻らなかったことを確認した怜花はトイレに向かった。監督と律だけならば少しの間離れても大丈夫だと判断したからだった。

「これ以上律さんに近付くなってどういうことー?」

 甘ったるい声しか聞いたことがなかったが、今のはやけにとがっていた。それでもその声の持ち主が誰かはわかる。怜花は咄嗟に足を止めた。どうやら誰かがその場にいるわけではなく、電話で話をしているようだった。

「だからぁ、意味わかんないってば。私は律さんが欲しいの!ぜーったい律さんがいいの。だって律さん、彼女いるって噂ないし。だったら私、丁度良くない?」

(…良かった、ここに律がいなくて。)

 こんな直接的な言葉を浴びせられたらもっと疲れてしまう。舞台挨拶のトークは、怜花がかつて見たことのある『二階堂律』としてのものだった。律はもう、充分よくやった。あとはもう、この子の相手をするべきではない。
 声が聞こえなくなって、足音が近付いてくる。電話はあっという間に終わってしまったらしい。

「あ、何ー?盗み聞きですかぁ?趣味悪いー。」

 曲がり角の出会い頭でぶつかりそうになって、怜花の方がすっと下がった。そして軽く頭を下げた。

「趣味として聞いたわけではありませんが、看過できない内容でしたのでそのまま聞かせていただきました。ただ、盗み聞きであることは事実です。今知り得た情報を外部に漏らすようなことはいたしません。ですが、二階堂に近付くことは今後一切やめていただくことは約束していただかなくてはと考えています。」
「は、はぁ?なんでたかがマネージャーにそんなこと言われなくちゃなんないの?」

 自慢の『可愛い』顔は大きく歪んでしまっている。電話をしているときから機嫌は悪かったのだろう。

「先程の内容から察するに、どなたかから二階堂に近付くなという指示を受けていたのではないでしょうか。」
「…そんなの、関係ないし。」
「そちらの事務所、会社の事情をこちらは知りませんので確かに関係ないといえばありません。しかし、社会人としてルールには則らなければならないとは思います。」
「うるさいなぁ、ほんっとなんなのあなた。私と律さんの邪魔しないでくれる?」

(邪魔なのは、私じゃない。…それがこの子には、多分この先もずっと、『わからない』)