夜を繋いで君と行く

* * *

 怜花の手に触れられて初めて、自分の手が冷え切っていたことに気付く程度には、怜花の手が温かかった。そして素直に驚いた。九重がいる前では絶対に自分との距離を詰めたり、ましてや触れてくるなんてことをしてくれるとは思わなかったからだった。

「…大丈夫?」

 取られた手はそのまま反射のように握り返していたが、傍から見ればぼうっとしているように見えたに違いない。いつもは誰かがいればすらすらと言葉を紡ぐし、それなりに場を和ませながら空間を作ってきたのだから。

「…あぁ、うん、ごめん。」
「怜花さんが突然来てくださったことで混乱してます?」
「んー…まぁそれもあるけど…うん。驚いたけど、普通に嬉しいね、なんか。それで…一気に緩んじゃったな。ごめん、気が抜けてて。」

 ふわりと微笑んだ怜花の笑顔が目に飛び込んでくる。その近くで九重の盛大なため息の音がした。

「気を張りつめすぎていたのですから多少緩んで丁度良いんじゃないですか。そもそも今日の舞台挨拶ももうそれなりにネットニュースになっていますけどかなり好評です。星宮ゆりあが何を仕掛けてくるかは現段階でわかりませんが、ひとまず特別な関係ではない、あくまでも二階堂さん側はそう認識しているという見解が広がっています。…今日舞台挨拶に彼女が出なかったことは有利に働きましたね、結果としてですが。」
「…この情報が作品の邪魔にならないくらいに小さくできたんならそれでいいよ。彼女が出ようが出まいが、記事の話はもうしない。そもそも舞台挨拶はそういう私用のために使う場所じゃないしね。あくまで監督のご厚意に甘えさせてもらっただけ。…ここからちゃんと挽回しないといけない。」

 怜花の熱を分けてもらって、指先に体温が戻ってきた。九重の方から怜花の方へと視線を移すと、怜花の表情は少し不安げに曇っていた。

「怜花?」
「あっ…え、えっと、あ、九重さん、私は次は何をしたらいいんですか?その…ただ舞台挨拶を見せてもらってここに来てるだけじゃその…あまりにも役立たずかなと思って。」
「何を仰いますか。二階堂さんの気を緩ませる。高難易度ミッションをあっさりクリアしてるじゃないですか。ひとまず移動しますかね。新幹線の時間までは2時間ほどしかありませんので大した観光はできませんが、名古屋ではゆっくりできると思いますよ。観光でもしてきたらどうだと笹塚社長からも言われております。」
「…笹塚さんがそこまで言うってことは、よっぽど俺に余裕がないように見えたんだなぁ。…師匠の背中はでっかいねぇ。」
「社長ですから。では怜花さん、ここは一つ、マネージャーらしく二階堂さんの荷物持ちでもやってみますか?」
「あ、はい!やります。」
「嫌だよ、怜花をこき使うの。」
「怜花さんは今、新人マネージャーという体での帯同です。外に出るときには表向き、そういう装いが必要なんですよ。わがまま言わないでください。」
「…怜花、嫌じゃないの。」

 そう問いかけると、『何が?』と言わんばかりの表情のまま怜花が口を開いた。

「手伝えることがないことの方が居心地悪いよ。どうせ重すぎるものは渡してくれないでしょう?そこそこ仕事に見えそうなものをちょうだいね?」

 怜花がそう言うと九重が『怜花さんの方がよっぽど色々わかっているじゃないですか』と少し棘のある声で言った。