夜を繋いで君と行く

「何かあったの?」
「監督…!」

 ゆりあがいなくなってから数分後に入ってきたのは五十嵐監督だった。律は一度だけ小さく息を吸ってから、まずは深く頭を下げた。

「不要な記事が出てしまい、申し訳ありません。そのことについて彼女に話があったので話したらその…泣かれました。でも…あの、すみません、本当に、もっと言葉を選べば…泣かせないこともできたのかもしれないんですけど…それでも冷たくしました。」

 正直に話すべきだと思った。隠していたって仕方がないし、世の中に出てしまったものは引っ込めることはできない。

「顔を上げて、顔を上げて。そんな、二階堂くんに頭を下げてもらうようなことじゃないよ。声のイメージとして彼女は申し分なかったけれど、君との相性は良くなかったね。」
「え…?」

 律は顔を上げて五十嵐を見つめた。すると五十嵐はいつも通り温和な笑顔を浮かべていたが、すぐに目尻が下がって申し訳なさそうな表情に変わった。

「随分と切羽詰まった顔をしてるじゃないか、二階堂くんらしくもないね。声の収録は別々だったから気付かなかったけれど、彼女が君の前であんなに媚びを売るようになるのも想定外だったし、君は君でどんどん顔から生気がなくなっていったのも申し訳なかったね。気付いていたのに上手く対応できなかった僕の落ち度だ。だから謝らないで。日程をずらすとか、僕と二人の舞台挨拶にするとか変えようはあったのに、なかなかばたついていて上手く調整できなかった。すまなかったね。」

 今度は五十嵐が頭を下げた。慌てたのは律の方だった。

「いえっ!いや、あの、監督のせいじゃないです。というか普通に舞台挨拶でそこまで配慮していただかなくて大丈夫です。…というか監督あの…僕、その、バレていましたか、彼女が苦手なこと。」

 律がそう問いかけると、五十嵐は再び笑顔で頷いた。

「僕は何て言ったって君のファンだからね。だから君のことはこれでもよく見てるつもりだよ。大丈夫。舞台上での君はちゃんといつも通りだった。『二階堂律』としての振る舞いだったよ。だけどね、飲み会とかそういう他人の目が少なくなったタイミングでは…そうだね、僕には君の疲れが見えた。だから外には出てないよ、大丈夫。」

 五十嵐の優しい言葉に安堵する。そして律は再び頭を下げた。

「彼女が戻ってくるかはわかりません。あえて傷つく言葉を選んだので。」
「そうだね。でもだとしたら、彼女にはいいお灸になるかもしれないね。彼女はどうやら『自分本位』が過ぎるようだし。まぁそれが今回はハマり役だったわけだから、作品としては申し分ないのだけど。そうなったらそうなったで、僕と一緒に楽しく語ろうよ、二階堂くん。いつもの収録みたいにさ。」

 そう言って微笑んだ五十嵐の優しさに、律は「ありがとうございます」と言って深く頭を下げた。