教科書に笑う顔

朝、目がさめた。頭は軽いのに、昨夜の終わりだけがぼやけている。こめかみがじんわり重い。机の上はきれいに片づいていた。母が戸から顔を出す。
「明美、学校遅れるわよ」
「うん」
私は制服に着がえ、前髪をピンでとめる。金属がひやっとしてこめかみがきゅっとした。鏡の前で一度だけ深呼吸。

登校。学校の玄関で上ばきを履く。教室はいつものざわざわ。
美優が席に来る。
「大丈夫?」
「大丈夫」
それだけ言って席に座る。胸の奥が少し重いのは言わない。

一時間目、国語。
田中先生の声。「教科書、四十八ページ開けて」
私はページをめくる。紙が指に吸いつく。開いた瞬間、目の前がチカッとぼやけ、鳥肌がぶわっと立つ。すぐに元に戻る。
背中がぞっとした。指先がすこし冷える。

黒板は乾いて白っぽい。エアコンの風で、ページの端だけがそっと持ち上がり、紙がこすれる音だけがはっきり聞こえた。
ページの中の挿絵。旅の女の人がこちらを見る。きのうよりはっきり口角が上がっている。
顔の形が私に変わって来ている。胸がドクッとした。視線が離れにくい。

私は美優の袖をつつく。
「ねえ、これ、私に似てない?」
美優は首をかしげる。
「そうかな、前からそうじゃん」
前のほうでチョークがキッと鳴る。授業はそのまま進む。
私はそっと本を閉じる。音は止む。ひたいに少し汗がにじむ。
ペンをカチと一回鳴らす。鼓動が少し速い。

  ◇

放課後。
掃除が終わった教室は静かだ。みんなの歩く音が、いつもよりはっきり聞こえる。

私は席に戻り、朝と同じページをもう一度開く。
開いた瞬間、目の前がチカッとぼやけ、鳥肌がぶわっと立つ。すぐに元に戻る。
指先がひやっと冷える。息が浅くなる。
挿絵の女の人の顔は私に似ている、そして笑いかけていた。
鳥肌が腕に立った。目をそらしたいのに、そらしにくい。

私はページの端を指で押さえ、閉じる。音は止む。
廊下の声が遠くに引いていく。喉がからからで、水が欲しい。
カバンに教科書をしまう。戸口で一度だけふり返る。
西日の中、私の机の上の埃が一本の帯みたいに光っていた。

朝と放課後、同じページを開くたび、同じ冷たさが指に残った。
朝より私に近い顔で、彼女は笑っていた。
指先の冷たさを握りしめながら、私は教室を出た。