昼休み。教室はプリントと笑い声でふわふわしていた。
後ろの席の彼は、喉に手を当ててかすれた息だけ。声がほとんど出ない。
痛いのに無理して笑ってるのが分かる。
「ねえ、“帰り道だけ彼氏”、続行中〜?」
友だちの冷やかしに、私は笑って首を振った。
もう終わりと考えると涙がでそうになる。
チャイム。午後の授業は、とても長く感じた。
*
放課後、昇降口。
彼が私の肩口を指さす。
「……」
(声は出ない代わりに、指が言う)タグ、出てる係。
そっとパーカーのタグを中へ押し込む。その一秒だけ距離が近い。
彼はスマホを短く打つ。
〔“帰り道だけ彼氏”は、今日も続ける。いい?〕
また、彼はスマホに短く打つ。
〔勇者、同行します〕
私は、涙目になるのを我慢して、笑って、指を三本立てる。
「新ルール、三つ。
①明るい道を選ぶ。
②家に入って**“セーブ完了”を送る。
③手は——小指だけ**」
彼は少しびっくりして、うなずいて、画面に了解のスタンプを小さく置いた。
*
校門の外。フェンスの上に、黒い影。
キラーが尾をまっすぐ立て、私たちを見下ろしている。
その後ろに、見張り隊がぽつぽつと並んだ。
「隊長、ありがと。ここからは——」
彼のスマホが先に機械的にしゃべった。
「守りは交代で。これからは俺がする」
キラーは尾を一度だけピンと敬礼みたいに立て、音もなく身を返す。
黒い列は、夕方の町へ静かに散開した。
*
住宅街へ続く明るいルートへ下りる。
二歩目で、歩幅がそろう。
風がパーカーの袖をめくって、袖メーターは3/5。指が前より出ている。
「ワンチャン、今日から……」
言いかけて、私は笑った。
彼の画面が先回りする。
〔本番=本物、さっき決めた〕
「うん。——じゃあ、本物で」
角を曲がるたびに、怖かった影がただの影に戻っていく。
生け垣の奥から、低い喉鳴り——は、もう聞こえない。
家の門前。
二人は立ち尽くすす
彼がスマホを焦りながら打つ指が滑ってる
〔今日は声が出ない。でも、ちゃんと伝えたいことがある〕
私は彼を見る。彼は小さくうなずく。
私はLINEを開いた。
〔実は、ずっと好きだった〕
画面の白が少しだけ眩しい。私は息を一度だけ吸って、打つ。
〔私も〕
〔明日かも勇者できる〕
彼のスマホを打つ指が滑りまくってる。短い返信。
〔任せろ!〕
彼は玄関から二歩下がって立つ。私は鍵を回し、靴を脱いで上がる。内鍵ガチャ/チェーンカチャ。
スマホを出して、打つ。
〔セーブ完了〕
ガラス越しに、彼が親指を立てる。返事はいらない。
扉を閉めかけたとき、画面がもう一度だけ震いた。
〔明日、声でちゃんと言う。今日は文字で〕
胸の鼓動が、さっきより少しだけ速い。
〔うん、待ってる〕
送信。扉を閉める。
外の路地に、並ぶ二つの影。
小指が触れてた感触がいつまでも残っていた。
後ろの席の彼は、喉に手を当ててかすれた息だけ。声がほとんど出ない。
痛いのに無理して笑ってるのが分かる。
「ねえ、“帰り道だけ彼氏”、続行中〜?」
友だちの冷やかしに、私は笑って首を振った。
もう終わりと考えると涙がでそうになる。
チャイム。午後の授業は、とても長く感じた。
*
放課後、昇降口。
彼が私の肩口を指さす。
「……」
(声は出ない代わりに、指が言う)タグ、出てる係。
そっとパーカーのタグを中へ押し込む。その一秒だけ距離が近い。
彼はスマホを短く打つ。
〔“帰り道だけ彼氏”は、今日も続ける。いい?〕
また、彼はスマホに短く打つ。
〔勇者、同行します〕
私は、涙目になるのを我慢して、笑って、指を三本立てる。
「新ルール、三つ。
①明るい道を選ぶ。
②家に入って**“セーブ完了”を送る。
③手は——小指だけ**」
彼は少しびっくりして、うなずいて、画面に了解のスタンプを小さく置いた。
*
校門の外。フェンスの上に、黒い影。
キラーが尾をまっすぐ立て、私たちを見下ろしている。
その後ろに、見張り隊がぽつぽつと並んだ。
「隊長、ありがと。ここからは——」
彼のスマホが先に機械的にしゃべった。
「守りは交代で。これからは俺がする」
キラーは尾を一度だけピンと敬礼みたいに立て、音もなく身を返す。
黒い列は、夕方の町へ静かに散開した。
*
住宅街へ続く明るいルートへ下りる。
二歩目で、歩幅がそろう。
風がパーカーの袖をめくって、袖メーターは3/5。指が前より出ている。
「ワンチャン、今日から……」
言いかけて、私は笑った。
彼の画面が先回りする。
〔本番=本物、さっき決めた〕
「うん。——じゃあ、本物で」
角を曲がるたびに、怖かった影がただの影に戻っていく。
生け垣の奥から、低い喉鳴り——は、もう聞こえない。
家の門前。
二人は立ち尽くすす
彼がスマホを焦りながら打つ指が滑ってる
〔今日は声が出ない。でも、ちゃんと伝えたいことがある〕
私は彼を見る。彼は小さくうなずく。
私はLINEを開いた。
〔実は、ずっと好きだった〕
画面の白が少しだけ眩しい。私は息を一度だけ吸って、打つ。
〔私も〕
〔明日かも勇者できる〕
彼のスマホを打つ指が滑りまくってる。短い返信。
〔任せろ!〕
彼は玄関から二歩下がって立つ。私は鍵を回し、靴を脱いで上がる。内鍵ガチャ/チェーンカチャ。
スマホを出して、打つ。
〔セーブ完了〕
ガラス越しに、彼が親指を立てる。返事はいらない。
扉を閉めかけたとき、画面がもう一度だけ震いた。
〔明日、声でちゃんと言う。今日は文字で〕
胸の鼓動が、さっきより少しだけ速い。
〔うん、待ってる〕
送信。扉を閉める。
外の路地に、並ぶ二つの影。
小指が触れてた感触がいつまでも残っていた。


