昇降口の安全標語は、今日もでかでかと「勇気は盾」。
それを見た瞬間、彼はいつもの冗談顔になる。
「本日のクエスト、校門から家の門まで。——勇者、出陣」
——看板くんは卒業して、たぶん今日から勇者くん。
「はいはい。相棒はマント装備」
私はブレザーの上から弟のパーカーを羽織り、キャップを少し下げる。
「盾スキル常時発動。車道側=俺」
「クールタイム短すぎ」
笑ったら、肩の力が抜けた。二歩目で歩幅が揃う。
*
地区図書館。冷房と紙の匂い。
自習席は通路側に彼、内側に私。勇者くんは通る人へ小さく会釈を繰り返す。礼儀の化身。
「この問題、ここが分かん……くしゅっ」
「シー……」
司書さんが笑顔で人差し指。
私は鉛筆を転がしてしまい——コロコロ……
「シー」
沈黙に耐えきれず、私のお腹がぐう。
「シー(小声で微笑)」
机の下で足がコツン。二人同時に小声で「すみません」。
彼は口の形だけで「経験値+1」。私は親指を立てて返す。
本棚の並ぶ通路で、紙が擦れるようなカサ。
二人でのぞく。——影は見えない。たぶん。いや、たぶん。
替芯を買いにカウンター横の文具コーナーへ。
レジ前、私と彼のポイントカードが同時にニョキ。
「重ねがけ不可」「現金で払います」
外に出た瞬間、彼がくしゃみを一回。
「冷房?」
「たぶん空調。猫ではない」
やけに強調するのが可笑しくて、笑いを飲み込む。
*
商店街から住宅街へ。ブロック塀の影が足首を斜めに切る。
角を曲がる手前で、彼が私の肩口を指さした。
「タグ、出てる係が直します」
そっとパーカーのタグを中へ押し込む。その一瞬だけ距離が近い。
心臓が、読めない速さでページをめくる。私は話題を並べて落ち着かせる。
「今日の国語は品詞、数学は図形」
「本日のドロップ品:替芯。相棒の集中力**+1**」
「勇者実況、過剰」
「実況は士気に直結」
生け垣の奥で、低く喉が鳴るような音がひとつ。
風、かもしれない。——たぶん。
*
家の門前。表札が夕焼けで白く光る。
彼は玄関から二歩下がって立ち、手のひらをひらり。
「セーブポイント到達」
「はいはい、セーブ完了」
鍵を回して扉を開け、靴を脱いで上がる。内鍵ガチャ/チェーンカチャ。
スマホを出して、短い一行を送る。
〔入った〕
ガラス越しに、彼が親指を立てる。返事はしない。——それが今の合図。
扉を閉める直前、外で**コロ……**と何かが低く転がる音。息を止める。静か。冷蔵庫のモーターだけ。
*
夜。机の灯りの下、ノートの余白に小さく「今日のクエスト:成功」と書く。
スマホが震えた。
〔今日のクエスト、成功。経験値+1〕
〔うん。ありがと〕
〔ほんとは、言いたいことが……〕
次の通知は、灰色の一行だった。
《メッセージの送信を取り消しました》
画面に映る自分へ、息だけで笑う。
——消すくらいなら、明日、言えばいい。
〔明日、つづき、聞く〕
送信。窓の外の路地は暗く、風が生け垣を撫でる。
見張りがいるのかいないのか、分からない。
でも今日はちゃんと、ページの角をそっと折るみたいに、一日がセーブできた気がした。
それを見た瞬間、彼はいつもの冗談顔になる。
「本日のクエスト、校門から家の門まで。——勇者、出陣」
——看板くんは卒業して、たぶん今日から勇者くん。
「はいはい。相棒はマント装備」
私はブレザーの上から弟のパーカーを羽織り、キャップを少し下げる。
「盾スキル常時発動。車道側=俺」
「クールタイム短すぎ」
笑ったら、肩の力が抜けた。二歩目で歩幅が揃う。
*
地区図書館。冷房と紙の匂い。
自習席は通路側に彼、内側に私。勇者くんは通る人へ小さく会釈を繰り返す。礼儀の化身。
「この問題、ここが分かん……くしゅっ」
「シー……」
司書さんが笑顔で人差し指。
私は鉛筆を転がしてしまい——コロコロ……
「シー」
沈黙に耐えきれず、私のお腹がぐう。
「シー(小声で微笑)」
机の下で足がコツン。二人同時に小声で「すみません」。
彼は口の形だけで「経験値+1」。私は親指を立てて返す。
本棚の並ぶ通路で、紙が擦れるようなカサ。
二人でのぞく。——影は見えない。たぶん。いや、たぶん。
替芯を買いにカウンター横の文具コーナーへ。
レジ前、私と彼のポイントカードが同時にニョキ。
「重ねがけ不可」「現金で払います」
外に出た瞬間、彼がくしゃみを一回。
「冷房?」
「たぶん空調。猫ではない」
やけに強調するのが可笑しくて、笑いを飲み込む。
*
商店街から住宅街へ。ブロック塀の影が足首を斜めに切る。
角を曲がる手前で、彼が私の肩口を指さした。
「タグ、出てる係が直します」
そっとパーカーのタグを中へ押し込む。その一瞬だけ距離が近い。
心臓が、読めない速さでページをめくる。私は話題を並べて落ち着かせる。
「今日の国語は品詞、数学は図形」
「本日のドロップ品:替芯。相棒の集中力**+1**」
「勇者実況、過剰」
「実況は士気に直結」
生け垣の奥で、低く喉が鳴るような音がひとつ。
風、かもしれない。——たぶん。
*
家の門前。表札が夕焼けで白く光る。
彼は玄関から二歩下がって立ち、手のひらをひらり。
「セーブポイント到達」
「はいはい、セーブ完了」
鍵を回して扉を開け、靴を脱いで上がる。内鍵ガチャ/チェーンカチャ。
スマホを出して、短い一行を送る。
〔入った〕
ガラス越しに、彼が親指を立てる。返事はしない。——それが今の合図。
扉を閉める直前、外で**コロ……**と何かが低く転がる音。息を止める。静か。冷蔵庫のモーターだけ。
*
夜。机の灯りの下、ノートの余白に小さく「今日のクエスト:成功」と書く。
スマホが震えた。
〔今日のクエスト、成功。経験値+1〕
〔うん。ありがと〕
〔ほんとは、言いたいことが……〕
次の通知は、灰色の一行だった。
《メッセージの送信を取り消しました》
画面に映る自分へ、息だけで笑う。
——消すくらいなら、明日、言えばいい。
〔明日、つづき、聞く〕
送信。窓の外の路地は暗く、風が生け垣を撫でる。
見張りがいるのかいないのか、分からない。
でも今日はちゃんと、ページの角をそっと折るみたいに、一日がセーブできた気がした。


