豊穣の舞から数日後、宮廷は静かなようで、目に見えぬ波が揺れていた。
表面上は変わらぬ日常。しかし、私の耳には、ひそやかな囁きが届く。
――「籠姫様の影響力が弱まってきたらしい」。
その噂は、まるで小さなひびのように広がり、やがて崩れを呼ぶ。
その日、執務室に呼ばれた私の前で、カリス陛下は重い声を落とした。
「……エルミナの件だ」
机の上には数通の書簡が置かれている。
「宮廷財の一部を、私的に流用していた証が見つかった」
「……そんなことを……」
「見過ごすことはできぬ。これ以上、皇后を貶める行為も、国を損なう行いも許さない」
陛下の金の瞳は鋭く、冷ややかな光を帯びていた。
それは感情ではなく、決意の光――為政者としての容赦なさだった。
翌日、謁見の間。
高い天井に響くのは、エルミナのドレスが擦れる音と、彼女の細い呼吸だけ。
「陛下……どうか、誤解だとお聞き入れくださいませ」
「証は揃っている」
陛下は一歩も譲らず、その声は冷たい。
「そなたには国外追放を命じる。二度と宮廷の敷居を跨ぐな」
その瞬間、エルミナの顔色が変わった。
「……あの女のせい……!」
鋭い視線が、私を射抜く。
「私がどれほど陛下を支えてきたか……それを、この女に奪われるなんて……!」
「黙れ」
陛下の一喝が、謁見の間の空気を凍らせた。
「余がそなたを特別に遇したのは、幼き日の縁ゆえだ。それを勘違いしたのは、そなた自身だ」
エルミナの肩が震え、次の瞬間、護衛兵が両脇を固めた。
彼女は最後まで私を睨みつけながら、重い扉の向こうへ消えていった。
その夜、私は月明かりの庭を歩いていた。
籠姫がいなくなったことで、心に空いた穴のような感覚があった。
彼女は確かに私を傷つけた。けれど同時に、私を強くもしたのだ。
そんなことを考えていると、背後から足音が近づく。
「……眠れぬのか」
振り返れば、カリス陛下が立っていた。
「はい。色々と考えてしまって」
「エルミナのことか」
私は小さく頷く。
「彼女の行いは許せない。でも……最初から、ずっと敵ではなかったような気もします」
「そなたは甘いな」
そう言いながら、彼は私の手を取った。
温かな掌が、夜風に冷えた私の指を包み込む。
「……だが、その甘さが、そなたの強さだ」
驚いて見上げると、金の瞳が柔らかな光を宿していた。
「もう誰も、そなたを傷つけさせはしない」
胸の奥が熱くなり、視界が少し滲む。
「……ありがとうございます」
言葉はそれしか出なかったが、陛下は満足そうに微笑んだ。
部屋に戻ると、机の上に一輪のすみれが置かれていた。
茎には短い紙片が結ばれている。
――“強く、可憐に”
その言葉を胸に刻み、私はそっと花を抱きしめた。
籠姫の影が消えた今、宮廷の空は少しずつ澄んでいく。
そして私は、この場所で、彼と共に歩んでいくのだと、静かに誓った。
表面上は変わらぬ日常。しかし、私の耳には、ひそやかな囁きが届く。
――「籠姫様の影響力が弱まってきたらしい」。
その噂は、まるで小さなひびのように広がり、やがて崩れを呼ぶ。
その日、執務室に呼ばれた私の前で、カリス陛下は重い声を落とした。
「……エルミナの件だ」
机の上には数通の書簡が置かれている。
「宮廷財の一部を、私的に流用していた証が見つかった」
「……そんなことを……」
「見過ごすことはできぬ。これ以上、皇后を貶める行為も、国を損なう行いも許さない」
陛下の金の瞳は鋭く、冷ややかな光を帯びていた。
それは感情ではなく、決意の光――為政者としての容赦なさだった。
翌日、謁見の間。
高い天井に響くのは、エルミナのドレスが擦れる音と、彼女の細い呼吸だけ。
「陛下……どうか、誤解だとお聞き入れくださいませ」
「証は揃っている」
陛下は一歩も譲らず、その声は冷たい。
「そなたには国外追放を命じる。二度と宮廷の敷居を跨ぐな」
その瞬間、エルミナの顔色が変わった。
「……あの女のせい……!」
鋭い視線が、私を射抜く。
「私がどれほど陛下を支えてきたか……それを、この女に奪われるなんて……!」
「黙れ」
陛下の一喝が、謁見の間の空気を凍らせた。
「余がそなたを特別に遇したのは、幼き日の縁ゆえだ。それを勘違いしたのは、そなた自身だ」
エルミナの肩が震え、次の瞬間、護衛兵が両脇を固めた。
彼女は最後まで私を睨みつけながら、重い扉の向こうへ消えていった。
その夜、私は月明かりの庭を歩いていた。
籠姫がいなくなったことで、心に空いた穴のような感覚があった。
彼女は確かに私を傷つけた。けれど同時に、私を強くもしたのだ。
そんなことを考えていると、背後から足音が近づく。
「……眠れぬのか」
振り返れば、カリス陛下が立っていた。
「はい。色々と考えてしまって」
「エルミナのことか」
私は小さく頷く。
「彼女の行いは許せない。でも……最初から、ずっと敵ではなかったような気もします」
「そなたは甘いな」
そう言いながら、彼は私の手を取った。
温かな掌が、夜風に冷えた私の指を包み込む。
「……だが、その甘さが、そなたの強さだ」
驚いて見上げると、金の瞳が柔らかな光を宿していた。
「もう誰も、そなたを傷つけさせはしない」
胸の奥が熱くなり、視界が少し滲む。
「……ありがとうございます」
言葉はそれしか出なかったが、陛下は満足そうに微笑んだ。
部屋に戻ると、机の上に一輪のすみれが置かれていた。
茎には短い紙片が結ばれている。
――“強く、可憐に”
その言葉を胸に刻み、私はそっと花を抱きしめた。
籠姫の影が消えた今、宮廷の空は少しずつ澄んでいく。
そして私は、この場所で、彼と共に歩んでいくのだと、静かに誓った。

