もうずっとキャンバスに向き合えなかった。
シャーペンを持てなかった、色が見えなかった。

「咲茉、進路はどうするか決めたの?」

お風呂から出て2階へ行こうとして階段を一段上ったところを引き留められた。
今そんな話はしたくないんだけど、私が嫌な顔をするともっと嫌な顔で返されるから。

「…まだ決めてない」

あれは春の出来事、ちょっと都会の美大を書いて出したらお母さんに怒られて先生も困ってた。まだ半年くらいしか経ってないのに懐かしく思える不思議、もうずいぶん昔みたいに思える。

…あれはあれで本気だったんだけど、本気で書いたんだけど即却下されちゃって。
まだ2年生の始めだからもう少し視野を広げて考えてみようって諭された。

今はもう…
そんなことも言ってられないらしい。

「美大なんてやめてね、もっと現実的なこと考えて決めなさいよ」

これも何度聞いたかな、聞きすぎてそれが普通のことなんだって思えてきた。


私の夢は夢で、でもそんなのただの夢だから。

それに私はもうー…


「千颯くんは海外行くみたいね」


いい加減な相槌でも打って階段を上がろうと思った。一歩足を踏み出して上がっていこうとした足が、止まった。

「え…?」

今何て言った?

千颯が海外…って、言った…?

「何それっ」

すぐに振り返って階段を下りた。お母さんを追いかけて、もう一度何て言ったのかを確かめたくて。

「千颯が海外って何!?何なのそれ…っ」

そんな話知らない、そんなの聞いてない…っ


千颯が海外なんて…!


「ほら、こないだのコンテストですごく良い賞取ってたじゃない?それで留学の話が来てるって千鶴さんが言ってたわよ。千颯くんのこと凄く評価してくれた教授がいたみたいでね、ぜひうちの学校にって」

あの、コンテスト…千颯が最優秀賞を取ったあのコンテスト。

「あんた知らなかったの?」

全然知らなかった。

「千颯くんから聞いてないの?」

何も聞いてなかった。

「凄いわね千早くん、才能あったのね」

あんなにずっと一緒きいた私には教えてくれなかった。