花火に消えた好き、夜空に残る君

夏祭りの夜が終わっても、胸の奥はざわついたままだった。
「好き」と言えたはずだった。けれど花火の音にかき消され、何も残らなかった。
あの一瞬を思い出すたび、心臓がきゅっと締めつけられる。

翌日、ユリにさっそく問いつめられた。
「で? 昨日、カイと何かあったでしょ」
「な、なにも!」
慌てて答えると、ユリはじとっと目を細める。
「ふーん……怪しい」
「ほんとに! 花火見てただけだから!」
口ではそう言いながら、心の奥では昨日の声がこだましていた。
――ごめん、なんだって?

夏休みは残りわずか。
机の上にはまだ手をつけていない宿題の山が広がっている。
日めくりカレンダーの数字が小さくなっていくのを見るたび、胸の奥がざわめいた。

蝉の声も少しずつ弱くなり、夕方には涼しい風が吹く。
夏の終わりが近づいているのを、肌で感じる。

ある日の午後、図書室に行くと、思いがけずカイが座っていた。
机にひじをつき、分厚い参考書を開いている。
「……勉強?」
思わず声をかけると、彼は顔を上げて、少し照れくさそうに笑った。
「まあな。サッカーばっかじゃ怒られるし」

その笑顔に、胸がどきりとする。
窓から差し込む夕陽が彼の横顔を赤く染めていた。
私は隣の席に座り、宿題を開いた。
ペン先が震えて字がうまく書けない。

沈黙の中でページをめくる音だけが響く。
心臓の音がやけに大きく感じられた。

やがてカイが視線をこちらに向け、ぽつりと言った。
「……また、笑ってたな」
「え?」
「お前さ、前はあんまり笑わなかっただろ。でも今は違う」
少し真剣な目で言われて、視線をそらした。
「そ、そんなこと……」
「ほんとだよ。……俺、そういう顔の方が好きだ」

胸が熱くなった。
花火の音に消された「好き」が、ふたたびせり上がってくる。
けれど言葉にしようとすると、喉が固まった。

(やっぱり、私は……カイが好きだ)

その想いだけが、心の奥に確かに残った。

図書室を出ると、夕暮れの風が頬を撫でた。
空は赤く燃えて、やがて夜に溶けていく。
風鈴が小さく鳴り、蝉の声が遠ざかる。

夏は、もう終わりに近い。
でも、私の中の気持ちは終わらないまま、むしろ強くなっていた。