花火に消えた好き、夜空に残る君

石の階段に腰を下ろして、夜空を見上げた。
大きな花火がひとつ、またひとつと開いては消えていく。
胸の鼓動はまだ落ちつかない。けれど、隣にカイがいるだけで、不思議と安心できた。

「すげぇな」
カイが頭の後ろで手を組み、空を見ている。
ひらいた光に横顔がてらされて、影がくっきりと浮かんだ。
その姿を見ているだけで、胸がぎゅっと痛くなる。

――今、言わなきゃ。

夏休みに入ってから、いろんなことがあった。
浴衣をまちがえて送ってしまったLINE。
七夕の短冊。
部活の演奏会。
プールでの失敗。
どれも全部、カイがそばにいてくれた。
そのたびに「好きだ」と思った。けれど、一度も口にできなかった。

夜空にひゅるる、と音が上がる。
細いその音が胸をふるわせる。
(今しかない……!)

「カ、カイ……」
自分でも声がふるえているのがわかる。
彼は視線をこちらに戻し、不思議そうに目を細めた。

「私……」
胸の奥からせり上がってくる言葉。
「す――」

その瞬間。
夜空いっぱいに大きな花火がひらいた。
ドン、と足の先までびりっとする大きな音。
光が一気に広がって、世界が白くそまった。

声が、消えた。
花火にのみこまれて、私の「好き」は届かなかった。

「……え?」
口を押さえる。
顔が熱くなり、涙がにじみそうになる。
カイが首をかしげて耳に手をあてた。
「ごめん、なんだって?」

言い直せばいい。今度こそ。
でも喉はかたまって、声が出なかった。

「な、なんでもない!」
はじかれるように言って、視線をそらす。
心臓が痛いほどに走って、手がふるえた。

(なんで……よりによって、今……)
ずっと勇気をためてきたのに、夜空に散って消えてしまった。

花火は次々と打ち上がり、見物している人たちの声が境内じゅうをゆらす。
笑い声やよび声に混ざって、私の声だけが世界から取りのこされた。

そんな私を見て、カイは少しだけ目を細めた。
「……今、すげぇいい顔してた」

「え?」
思わず振り返る。

「前はそんなに笑わなかったのにさ。……今の方がいい」
また、その言葉。
どういう意味なんだろう。
胸の奥にひっかかったまま、私は夜空を見上げた。

大きな花火がひらいて、光がまぶたの裏に焼きついた。
けれど、私の「好き」はまだ夜空に届いていなかった。