花火に消えた好き、夜空に残る君

七月の夕暮れ。
神社へ続く参道は、赤い提灯の灯りで浮かび上がっていた。
屋台から漂う甘いソースや焼きとうもろこしの匂いが混ざり合い、蝉の声に代わって人々のざわめきが夜を満たしていく。

「わぁ……すごい人」
浴衣の裾を指先でつまみながら、私は立ち尽くした。
母に結んでもらった帯が背中で固く締まっていて、歩くたびに足音が小さく鳴る。
隣のユリは赤い浴衣を翻し、「お祭りって感じ!」と目を輝かせている。

そのとき、待ち合わせの鳥居の前に、カイが立っているのが見えた。
いつものジャージではなく、白いシャツに紺のズボン。
顔を上げてこちらを見つけると、ふっと笑った。

「……っ」
胸の鼓動が強くなり、足が前に出ない。

「おーい!」
ユリが手を振って駆け寄る。私はその背中に隠れるように歩いた。

「似合ってるじゃん」
カイは私を見るなり、当たり前のように言った。
「……なっ」
一気に顔が熱くなる。ユリはにやりと笑って肘で小突いてくる。
「ね、言ったとおりでしょ」
「う、うるさい!」

三人で歩き出すと、屋台の灯りが次々と目に飛び込んできた。
金魚すくい、りんご飴、たこ焼き。
浴衣の袖を押さえながら歩くのは少し不自由だけど、それさえも特別に思えた。

「ほら、やってみろよ」
カイに背を押され、私は金魚すくいの網を受け取った。
けれど水面をすくおうとするたび、紙がやぶれて金魚は逃げてしまう。
「わ、また……」
「下手すぎ」
ユリが笑う。その横でカイは腕を組み、肩を揺らした。
「見ててみ」
ひょいと網を入れると、赤い金魚をあっさりとすくい上げる。
「ほら」
「……すご」
差し出された金魚袋を受け取る手が、ほんの少し触れた。

その一瞬で胸が熱くなる。
でも次の瞬間、別の声がそれをかき消した。

「カイくんだ!」
同じ中学の女子たちが数人、浴衣姿で駆け寄ってきた。
「サッカー部かっこよかったよね」「写真撮ろうよ」
彼の周りに人垣ができて、私とユリは自然に押し出されてしまう。

「……」
胸にチクリとした痛みが走る。
特別だと思っていたのは、私だけなのかもしれない。

うつむいて歩き出そうとしたとき、背後から声がした。
「おい」
振り返ると、人だかりを抜けてカイがこちらに戻ってくる。
「なにしてんだよ。置いてくな」

その言葉に、胸の奥がふっと温かくなる。
彼の視線が私だけを捉えている気がして、呼吸が深くなった。

「……今の顔」
歩きながら、カイがぽつりと呟く。
「前はそんなに笑わなかったのに。やっぱり今の方がいい」

また、その言葉。
けれど今は、素直にうれしいと思えた。

「な、なんでもない!」
慌てて前を向くと、参道の先で夜空に一筋の火が上がった。
大きな音とともに、花火が夜を裂いた。

これから何かが変わる。
胸の奥でそんな予感が膨らんでいた。