夏休み前の校内発表会。
吹奏楽部が講堂の舞台に立ち、全校生徒と先生たちに二曲披露する日だった。
緞帳の裏でクラリネットを構えながら、私は深呼吸を繰り返す。
(ここまで練習してきたんだから、大丈夫……のはず)
それでも手のひらには汗が滲んで、指がすべりそうになる。
「ほら、顔こわいって」
隣でユリがトランペットを構えながら笑う。
「吹く前から固まってどうするの」
「……緊張してるんだよ」
「平気平気。楽しんだほうが勝ちだから」
そう言ってマウスピースを軽く鳴らすユリは、舞台度胸があって羨ましい。
やがて幕が上がり、まぶしい照明が降り注いだ。
観客席には制服姿の生徒たちと先生が並び、ざわざわとした空気が舞台に押し寄せてくる。
指揮の合図で一曲目が始まった。テンポは軽やかで、私は指をしっかり走らせる。
(いける、ちゃんと鳴ってる)
無事に一曲目を終え、次はいよいよ速いジャズ調の曲。
中盤。クラリネットのソロに入った瞬間、リードがわずかにずれた。
音がにごり、胸が冷たくなる。
「……っ!」
焦りで視界が狭まり、指が止まりそうになった。
そのとき、観客席の壁際でふと動いた人影が目に入る。
カイだった。サッカー部のジャージ姿、練習帰りらしく額に汗を光らせている。
彼が顎を少し上げて、ゆっくり頷いた。
(大丈夫だ、落ち着け)
言葉にされたわけじゃないのに、そう伝わってきた。
私は大きく息を吸い直し、指を走らせた。
音が戻る。トランペットのユリが隣で力強く響かせ、全体のリズムに乗せてくれる。
アンサンブルが再びひとつになり、最後の和音が講堂に響いた。
拍手がわき起こる。
照明の熱と音の余韻に包まれて、全身がじんじんと痺れていた。
舞台を降りて楽器を片づけていると、ユリがにやっと笑った。
「ナイスリカバー。顔めっちゃ真剣だったよ。……でもちょっと赤かった」
「見ないでよ!」
私は思わずケースで顔を隠す。
講堂を出た廊下。壁にもたれていたカイが声をかけてきた。
「よかったじゃん。途中でちょっとヒヤッとしたけど」
「……見てたの?」
「ユリに呼ばれたから。けど立て直したろ」
彼は汗を拭いながら、にやりと笑う。
「やっぱ、真剣な顔してるときが一番いい」
心臓が一気に跳ねた。
答えられなくて、クラリネットのケースをぎゅっと握りしめる。
そこへユリが背後から飛び込んできた。
「今の聞いた? カイ、あんたのこと褒めてたよ! 青春だねぇ!」
「ち、違うから!」
必死に否定しても、顔の熱はどうしても収まらなかった。
――真剣な顔が一番いい。
その言葉が、胸の奥でいつまでもこだましていた。
吹奏楽部が講堂の舞台に立ち、全校生徒と先生たちに二曲披露する日だった。
緞帳の裏でクラリネットを構えながら、私は深呼吸を繰り返す。
(ここまで練習してきたんだから、大丈夫……のはず)
それでも手のひらには汗が滲んで、指がすべりそうになる。
「ほら、顔こわいって」
隣でユリがトランペットを構えながら笑う。
「吹く前から固まってどうするの」
「……緊張してるんだよ」
「平気平気。楽しんだほうが勝ちだから」
そう言ってマウスピースを軽く鳴らすユリは、舞台度胸があって羨ましい。
やがて幕が上がり、まぶしい照明が降り注いだ。
観客席には制服姿の生徒たちと先生が並び、ざわざわとした空気が舞台に押し寄せてくる。
指揮の合図で一曲目が始まった。テンポは軽やかで、私は指をしっかり走らせる。
(いける、ちゃんと鳴ってる)
無事に一曲目を終え、次はいよいよ速いジャズ調の曲。
中盤。クラリネットのソロに入った瞬間、リードがわずかにずれた。
音がにごり、胸が冷たくなる。
「……っ!」
焦りで視界が狭まり、指が止まりそうになった。
そのとき、観客席の壁際でふと動いた人影が目に入る。
カイだった。サッカー部のジャージ姿、練習帰りらしく額に汗を光らせている。
彼が顎を少し上げて、ゆっくり頷いた。
(大丈夫だ、落ち着け)
言葉にされたわけじゃないのに、そう伝わってきた。
私は大きく息を吸い直し、指を走らせた。
音が戻る。トランペットのユリが隣で力強く響かせ、全体のリズムに乗せてくれる。
アンサンブルが再びひとつになり、最後の和音が講堂に響いた。
拍手がわき起こる。
照明の熱と音の余韻に包まれて、全身がじんじんと痺れていた。
舞台を降りて楽器を片づけていると、ユリがにやっと笑った。
「ナイスリカバー。顔めっちゃ真剣だったよ。……でもちょっと赤かった」
「見ないでよ!」
私は思わずケースで顔を隠す。
講堂を出た廊下。壁にもたれていたカイが声をかけてきた。
「よかったじゃん。途中でちょっとヒヤッとしたけど」
「……見てたの?」
「ユリに呼ばれたから。けど立て直したろ」
彼は汗を拭いながら、にやりと笑う。
「やっぱ、真剣な顔してるときが一番いい」
心臓が一気に跳ねた。
答えられなくて、クラリネットのケースをぎゅっと握りしめる。
そこへユリが背後から飛び込んできた。
「今の聞いた? カイ、あんたのこと褒めてたよ! 青春だねぇ!」
「ち、違うから!」
必死に否定しても、顔の熱はどうしても収まらなかった。
――真剣な顔が一番いい。
その言葉が、胸の奥でいつまでもこだましていた。


