花火に消えた好き、夜空に残る君

夜空に大きな音が響いた。視界いっぱいに花火が咲いて、ぱらぱらと色のかけらが川面に落ちていく。
浴衣の裾を握りしめながら、私は立ち止まった。胸の奥から熱いものが込み上げる。

去年の夏。
同じようにこの道で、隣にはカイがいた。
一緒に見上げた夜空、笑い声、すれ違った人の熱気――その全部が今も鮮やかに残っている。
気がつけば、涙が頬を伝っていた。

「……どうして、泣いてるんだよ」

はっと顔を上げる。人混みの中で、見覚えのある背中。
こちらを振り返ったのは、あの一年間、ずっと会いたかった人。

「カイ……?」

名前を呼んだ瞬間、彼が笑った。去年と同じ、でもどこか大人びた笑顔。
涙がさらにこぼれる。

「そんなに泣くなよ」

懐かしい声に胸が震えた。去年と同じ言葉。でも、今は心の奥に深く染み込む。

人混みから外れて、川沿いの道に出た。夜風が浴衣の裾を揺らす。
少し歩いたところで、カイが立ち止まり、真剣な顔でこちらを見た。

「なんでLINEくれなかったんだよ!」

不意に強い声。心臓が跳ね、涙が一気にあふれる。

「だって……カイ君がLINEしてくれなかったじゃない!」

声が震えた。子どもみたいだと分かっていても、ずっと胸に溜めていた想いがあふれて止まらなかった。

カイは目を丸くし、そして苦い表情で視線を落とした。

「……あ、そうか。俺……引っ越しでバタバタしてて、LINEするの、忘れてたんだ」

花火の光が彼の横顔を照らす。そこには、後悔の色が浮かんでいた。

「それで……私、LINEできなかったんだよ。嫌われたって思ったから」

声に出した瞬間、胸が締め付けられた。

カイは目を見開き、すぐに顔をゆがめる。

「ごめん……。俺も勇気がなかった。お前から来ないから、嫌われてるって思った」

その言葉に、胸の奥が熱くなり、涙と笑いが同時にこみ上げてきた。
ずっと怖がっていたのは、私だけじゃなかった。
お互い同じ理由で沈黙していた。それだけだったんだ。

「……ごめん。俺、小さいころはヒーローに憧れてたのに、結局は意気地なしになっちまった」

涙で濡れた顔のまま、私は小さく笑った。
カイも苦笑して肩をすくめる。重たかった空白の一年が、少しずつほどけていくのを感じた。

花火の音が途切れ、夜の静けさが戻る。
カイが深く息を吐き、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「覚えてないだろ? 幼稚園のとき、俺……ヒーローになりきってたんだ」

「え?」

「カイじゃなく、“ブル”って名乗ってた。ブルだぞ。今思えば恥ずかしいけどな」

心臓がどきりとする。
頭の奥に、かすかな記憶が霞のように浮かんだ。
青いマントの絵本、そして隣で照れくさそうに立っていた小さな男の子。

「でも、お前は“ブル”って呼ぶとき、ちゃんと笑ってくれた。……あれが嬉しかったんだ」

カイの瞳が、夜空よりもまっすぐにこちらを射抜く。

「俺、ずっと覚えてた。あのときのお前を。そして去年、本当は告白しようと決めてたんだ。でも……引っ越しなんて、最悪だよな」

胸が熱く震え、涙がこぼれ落ちた。
忘れていた幼い日の自分を、彼は覚えていた。
そして今、笑えなくなった私に――もう一度笑ってほしいと願ってくれている。

夜空に大きな花火が打ち上がった。
ドン、と地響きがして、光が二人を照らす。

カイが一歩近づき、まっすぐに言った。

「俺……お前の笑った顔が一番好きだ」
「だから、これからは俺が笑わせたい」

涙が止まらなかった。けれど、頬は自然にゆるんでいく。
失っていたものを取り戻すように、私は笑った。

「……私も、好き」

花火の音に負けないように、しっかりと声に出した。

カイの目が驚きと喜びで揺れ、次の瞬間、二人は同時に笑っていた。

やがて夜が深まり、最後の大輪が空に咲いた。
光の下で、私とカイは手をつないだ。

温かさが指先から胸へ広がっていく。

――あの夏、私はもう一度笑えるようになった。

花火の余韻と共に、私たちの物語は始まっていく。