花火に消えた好き、夜空に残る君

夜の部屋。机に置いたスマホが、やけに重たく見えた。
指先で画面をなぞると、明かりがつき、トークアプリが開く。
一番上にある「カイ」の名前を、何度も押しては閉じた。

最後のメッセージは、夏休みの途中で交わした、ほんの他愛ない会話だった。
「宿題、進んでる?」
「全然。やばい」
あの時の軽いノリが、今では胸に刺さる。
それきり、更新されることはなかった。

私は「元気?」と打ってみる。けれど送信ボタンの手前で止まり、消去する。
「また会える?」と書いてみる。けれど、それも消す。
ただ文字を並べては消す作業を繰り返すだけ。
気づけば画面が滲んで、しずくが落ちていた。
涙で文字がぼやけ、何も読めなくなる。

カイは、きっともう新しい町で過ごしている。
荷解きや新しい学校で忙しくて、私のことなんか忘れてしまったのかもしれない。
「……好きじゃなかったのかな」
そう心に浮かぶと、胸の奥がきゅっと縮んだ。

スマホを伏せ、布団に潜り込んだ。
目を閉じても、脳裏にはあの夕焼けと笑顔が浮かんで離れない。

翌日、吹奏楽部の練習。
クラリネットを構えても、音が空回りする。
リードが鳴らず、ひゅうっと情けない音が響いた。

「……ごめんなさい」
慌てて頭を下げると、顧問が眉をひそめる。
「集中しろよ。休みボケか?」

仲間たちが笑ってごまかす中、私は笑えなかった。
背中にじんわりと汗が広がる。
手の中の楽器が、妙に冷たくて重たい。

休憩中、ユリが隣に腰を下ろしてきた。
「ねえ、最近、笑わなくなったよね」
水筒を傾けながら、真剣な顔で言う。

「そんなことないよ」
そう返したけれど、声は弱々しく震えていた。

ユリはそれ以上何も言わず、にこっと笑った。
でも私は笑い返せなかった。
頬の筋肉が動かない。笑おうとしても、ひきつるだけ。

放課後、教室の窓に映る自分の顔を見た。
真顔。
目だけが、どこか遠くを見ている。
「……やっぱり、笑ってない」
心の中でつぶやいて、視線をそらす。

そういえば、小さい頃かは私は笑わない子だった。
幼稚園のときも、写真に写る私はいつも口を結んでいた。

でも、今回のこれは違う。
ただの性格じゃない。
理由は、はっきりしている。

カイから、一度も連絡が来ないから。

夜、再びスマホを開く。
通知はゼロ。
画面は冷たく光るだけ。

「やっぱり、カイが好きだったのは、私じゃなかったのかも」
声に出すと、途端に胸が痛んで涙が溢れた。

窓の外では、弱々しい蝉の声がまだ鳴いていた。
でもその音すら遠く感じる。

あの夏が終わってから、私は笑えなくなった。