花火に消えた好き、夜空に残る君

八月の終わり。
校舎の廊下は赤い夕陽にそまって、窓ガラスがぎらぎらと光っていた。
吹奏楽部の片づけを終えて音楽室を出たとき、ユリが駆けてきた。

「ね、聞いた?」
「なにを?」
「カイ、転校するんだって」

足が止まった。
「……え?」
口から漏れた声は、ひどく小さかった。
ユリは気まずそうに眉を寄せた。
「親の転勤らしいよ。夏休み明けたら、もういないって」

心臓が深く落ちた気がした。
教室から漏れる笑い声や足音が、ぜんぶ遠くなっていく。

そのまま帰るなんてできなかった。
私は走って校庭に出た。サッカー部の倉庫の前で、ボールを片付けている背中を見つける。

「カイ!」
声が震えていた。
彼は振り向き、汗を拭うタオルを首にかけたまま言った。
「……聞いたのか」

「ほんとに……行っちゃうの?」
問いかけると、カイは少し目をそらした。
「親の仕事だからさ。俺にはどうにもならない」

あまりにもあっさりしていて、逆に胸が苦しくなった。
言いたい言葉は山ほどあった。
――行かないで。
――ずっと一緒にいたい。
――好き。

でも、喉が固まって声にならない。

「……大丈夫だって。また会えるから」
そう言ってカイは笑った。
けれど、その笑顔がひどく遠くに見えた。

こらえようとしたのに、涙があふれてきた。
「おい、そんなに泣くなよ」
困ったように、でも優しく、カイは言った。

「……ごめん。だいじょうぶ。なんか、涙が出ちゃって」
震える声でそう言うしかなかった。
頬を伝う涙が止まらず、視界がにじんだ。

夕陽の中で、二人の影は長く伸びていた。
校庭の端で鳴く蝉の声が、夏の終わりを告げるように弱く響いていた。