花火に消えた好き、夜空に残る君

蝉の声が、校舎の壁に貼りついたみたいに響いていた。
終業式のあと、窓から差し込む夏の日差しはまだ強く、廊下に伸びる影は少し揺れている。

私は下駄箱に向かいながら、教科書でふくらんだ鞄を肩に掛け直した。
「夏休みだー!」と叫んで走る男子、花火や旅行の予定を声高に語り合う女子。
そんなざわめきの中に混ざっているはずなのに、私の足取りはなぜか軽くなかった。

ポケットでスマホが震える。取り出すと、画面に光る名前。

――《カイ》

小さい頃からずっと一緒にいる幼なじみ。
サッカー部のエースで、背も伸びて、クラスの中心にいるような人。
いつも自然体で、私には到底真似できない。

LINEを開くと、たった一行。

『夏祭り、一緒に行こうぜ』

……えっ。

心臓が跳ねる音が、周りに聞こえてしまうんじゃないかと焦る。
何度も画面を確認する。見間違いじゃない。

「なになに、誰から?」
背後からひょいっと覗き込んできたのは、友達のユリ。
私は慌ててスマホを背中に隠す。
でも顔が赤くなっているのは、どうやっても隠せなかった。

「まさかカイ? でしょ? え、やば! 夏祭りって完全にデートじゃん!」
「ち、ちがっ……ただの幼なじみだから!」
「はいはい、そういう言い訳はだいたい当たりなんだって」

ユリは勝手ににやにやしながらロッカーに靴をしまう。
私は震える指で、もう一度スマホを見つめた。

『夏祭り、一緒に行こうぜ』

その文字が眩しくて、簡単な返事すら打てない。
「いいよ」って送るだけでいいのに。
でも、それを押す勇気が、どうしても出ない。

――私なんかでいいのかな。

「ほら、返しなよ」
ユリが肩を小突いてくる。

私は小さく息を吸って、画面に指を走らせた。
『……うん』

送信。
たったそれだけ。

でも、送信済みの表示を見た瞬間、胸の奥が熱くなって、喉まで響いてきた。

数秒後。既読。
続けて返事が返ってきた。

『じゃあ7時に神社の鳥居前な。浴衣、似合うんだろうな笑』

「っ……」
息が止まった。

浴衣。まだ選んでもないのに。
似合うわけないのに。

でも、画面に浮かぶ言葉が嬉しくて、顔が勝手に笑ってしまう。

「……にやけてるー」
ユリがすかさず突っ込む。
「な、なんでもない!」
私は慌てて鞄を抱きかかえ、靴を履き替えた。

外に出ると、むわっとした夏の空気。
遠くで雷が鳴った気がして、雲の切れ間に真っ白な光がのぞいていた。
胸の鼓動は、まだ落ち着かない。

――夏休みの始まりに、こんなことになるなんて。
これから先、どうなってしまうんだろう。