折り畳み傘を持っていなかった私は、ずぶ濡れになりながら、喫茶店の軒下で雨宿りをするしかなかった。
すると、少しして一台の車が、目の前で停まった。見慣れた会社の車だ。
「千堂!」
窓を開けたのは、瑛斗だった。
「えっ、どうしてここに……?」
「ちょうど通りかかっただけだ」
無愛想にそう言うと、彼は助手席のドアを開けた。
「このままだと風邪を引く。乗って」
「……ありがとうございます」
私は、瑛斗の言葉に甘えて車に乗り込む。車内は、会社とは全く違う、彼の優しい香りがした。
瑛斗は、無言で車を走らせる。ワイパーがせわしなく動き、フロントガラスを叩く雨音だけが、車内に響いていた。
しばらくして車は赤信号で停車し、隣に座る瑛斗が静かに身じろいだ。
ちらりと横目で見ると、彼は何の迷いもなく、自分の着ていたジャケットを脱ぎ、私の肩にそっとかけてくれた。
「あっ、ありがとうございます」
凍えていた身体に、彼の体温と香りがじんわりと染み渡る。
瑛斗は何も言わず、ただ前を向いたままだったけれど、その不器用な優しさに、私の胸は熱くなった。



