【桐生院家・邸宅】

秘書の橘は
郵便配達員から受け取った
一通の封筒を、その場で開けた
中には、主である彩音の、直筆の手紙
それを読んだ瞬間
橘の顔から、血の気が引いた
橘:「……なんて、ことだ…!」
彼は、震える足で
主の書斎へと駆け込んだ
だが、そこに、彩音の姿はもうない
机の上には
ただ、一枚の書き置きだけが残されていた
『橘、あとは、頼みます』
橘は、全てを理解した
そして、主の、最後の命令を遂行するために
震える指で、電話をかけた

【都内ホテル・会見場】

昼過ぎ
急遽、招集された緊急記者会見
その会場には
日本中の、あらゆるメディアが詰めかけていた
壇上には、ポツンと、一本のマイクと
椅子が一つ
そこに、憔悴しきった顔の橘が座っている
無数のフラッシュが焚かれ
記者たちの、怒号にも似た質問が飛び交う
だが、橘は、それに一切答えず
ただ、一枚の紙を、両手で、固く握りしめていた
やがて、会場が、静まり返る
橘:「……これより」
橘:「桐生院彩音より、預かりました手紙を、代読させていただきます」
橘は、そう言うと
深々と、頭を下げた
そして、その手紙を、静かに読み上げ始めた
橘:「『今回、斉藤未香様が亡くなられた一件は』」
橘:「『私の息子、琉星の、あまりに軽率な行動が、彼女を死に追いやったことに、間違いありません』」
会場が、どよめく
橘:「『また、その姉である、斉藤明日香様に対しましても』」
橘:「『5年前、彼女が経営するクラブに対し、琉星が、常軌を逸した嫌がらせや、脅迫行為を行っていた事実も、ございました』」
橘:「『今回の一件は、その逆恨みから引き起こされた、悲劇でした』」
橘:「『これらの全ての行動は、息子を、盲目的に甘やかしてきた、母親である、私、桐生院彩音の、監督不行き届きが原因です』」
橘:「『そして、私自身、裏社会の力を使い、琉星を留置所から脱獄させたことも、事実です』」
橘:「『これまでの芸能活動の中でも、私は、その権力を使い、様々なことを、無かったことにして参りました』」
橘:「『その、全ての責任を取るため』」
橘:「『私、桐生院彩音は、本日をもって、芸能界を引退し、並びに、全ての事業から、完全に撤退することを、ここに宣言いたします』」
橘:「『今まで、私を応援してくださったファンの皆様』」
橘:「『……本当に、申し訳、ございませんでした』」
橘は、手紙を読み終えた
そして
最後に、こう締めくくった
橘:「……代読は、以上です。最後に、桐生院彩音の署名もございました」
一瞬の、静寂
そして、次の瞬間
会場は、凄まじいフラッシュと
記者たちの、怒号の嵐に、包まれた
日本の音楽界を、40年以上支配してきた
一つの帝国が
完全に、崩壊した瞬間だった