【早朝・都内走行中の車内】
東の空が
白み始めていた
長い、長い夜が
ようやく、終わろうとしている
目的地である
桐生院家の邸宅が
見えてきた
明日香:「……さて。この手紙を、どうやって渡しましょうか」
滝沢:「なるべく早く、確実に渡した方がいい」
明日香:「ええ。私が、直接、橘という男に渡してきますわ」
彼女が、そう覚悟を決めた
その時だった
桐生院家の、すぐ隣の家から
一台の、赤い郵便配達のバイクが
走り出てきた
滝沢は、璃夏に、顎でしゃくった
滝沢:「……あれを、呼び止めろ」
璃夏は、軽くクラクションを鳴らし
配達員に向かって、手招きをした
配達員は、訝しげな顔で
バイクを停め、こちらへやってくる
滝沢は、後部座席の窓を開けると
アトリエで使い切らなかった、札束の一つと
彩音が書いた、封筒を、彼に差し出した
滝沢:「悪いが、これを」
滝沢:「桐生院家の、橘という男に、直接、手渡してくれないか?」
配達員は、目の前の大金と、ただならぬ雰囲気に
完全に、狼狽していた
だが、滝沢の、有無を言わさぬ目に
逆らうことなど、できるはずもなかった
滝沢:「……チップだ。頼む」
配達員は、何度も頷き
その封筒を、ひったくるように受け取ると
桐生院家の、門の前にバイクを停めた
三人は、遠くから、その光景を見ている
インターホンでの、短いやり取り
やがて、秘書の橘が、門から出てきて
配達員から、その、一通の手紙を
確かに、受け取った
滝沢:「……で、響」
滝沢:「これから、どうする?」
明日香は
桐生院家の、重々しい門を
もう、興味を失ったかのように、静かに見つめていた
そして、前を向き直ると
吹っ切れたような、美しい笑顔で、言った
明日香:「今から、弁護士のところへ、行きますの」
璃夏:「……じゃあ、そこまで、送りますね」
明日香:「ありがとう、璃夏さん」
二人の女性が
穏やかに、微笑み合う
その光景を
滝沢は、ただ、黙って見ていた
車は
静かに、走り出した
全ての元凶となった、桐生院家を、背にして
彼女たちの、新しい未来へと
向かうために



