不幸を呼ぶ男 Case.2


第八章:それぞれの正義


【深夜・品川埠頭 第七倉庫】

彩音は
完全に、ひれ伏していた
両膝を地面に落とし
両手も地に付け
ただ、命乞いをする
彩音:「流星を……生かしてくれるなら…」
彩音:「傷つけないと、約束してくれるなら…」
彩音:「……なんでも、するわ…」
明日香:「……そうですか」
明日香は、倉庫の中央にあった
古い事務机を指差した
明日香:「では、そこの机の上に、一枚の紙とペンがありますわ」
明日香:「今から私が言う通りに、書きなさい」
明日香は
彩音に、一枚の「手紙」を書かせた
それは、彼女の秘書である、橘に宛てたものだった
明日香:「橘へ━━━━━━━━━━━━━━━━━━」
彩音:「そ、そんな……!」
明日香:「嫌なら、別に、いいですわよ?」
明日香:「……息子さんの命が、どうなっても」
彩音は、観念した
震える手で、ペンを握り
明日香に、言われた通りの文面を
一枚の紙に、書き記した
明日香:「━━━━━━━━━━━━━━━━━最後に、桐生院彩音のサインも、お忘れなく」
彩音が書いた紙を、明日香はチェックする
彩音:「……ちゃんと言われた通り、書いたわよ…」
明日香:「では、今、紙に書いた通りに、行動していただけますか?」
彩音:「……わかったわ…」

明日香は彩音に書かせた紙を受け取り、確認する。
一言一句書かれている事を確認した。

明日香:「じゃあ、さようなら」
滝沢と明日香は、倉庫を出る
明日香が、璃夏が乗る車へ乗り込んだ
その時だった
埠頭の入り口から、一台のタクシーがやって来た
降りてきたのは、石松だった
彼は、倉庫から出てきた、警察官の制服を着た男――滝沢を見る
石松:「窪田!こんなところで、何してる!」
滝沢:「……見回りだ」
石松:「嘘つくんじゃねぇ!」
石松は、怒りに任せて、滝沢に殴りかかった
だが、その拳は、空を切る
滝沢は、それを紙一重でかわすと
石松のみぞおちに、カウンターの膝蹴りを叩き込んだ
石松は、息もできず、その場に崩れ落ちる
滝沢は、倒れた石松の前に、静かにしゃがみ込んだ
滝沢:「……お前に、貸しがある」
石松:「な……んの……貸しだ…?」
滝沢:「さっき、お前の車のタイヤをパンクさせたが」
滝沢:「お前の頭を、撃ち抜くこともできた。……これで、貸し一つ」
滝沢:「そして、その倉庫の中にいる二人。あれは、お前の手柄だ。……これで、貸し二つ」
石松:「ぐっ……!」
滝沢:「ああ、それと……お前、斉藤未香の姉を助けたかったんじゃなかったのか?」
石松:「斉藤明日香は……どこにいる!」
滝沢:「それも、俺が助けておいた」
滝沢:「……これで、お前に、貸し三つだ」
滝沢は、ニヤリと笑った
石松は、何とか状態を起こすと、胡坐をかいた
石松:「……じゃあ、ここでお前を見逃してやる!」
石松:「これで、貸し借り無しだ!」
滝沢:「……計算が、合わないな」
石松:「じゃ、じゃあ!俺はここで、誰とも会わなかった!」
石松:「それと、タイヤの修理代は、請求しねぇ!」
石松:「……これで、どうだ!?」
滝沢:「……ふっ」
滝沢は、静かに笑うと
璃夏の車に乗り込み、走り去った
残された石松は、しばらく、呆然としていた
石松:(……今、あいつは、俺の命なんて、いつでも取れた)
石松:(……なぜ、取らなかった?)
いや、今は、倉庫の中だ
彼は、立ち上がると
自らの「手柄」を受け取りに
ゆっくりと、倉庫の中へ、入っていった