不幸を呼ぶ男 Case.2


【深夜・品川埠頭 第七倉庫】

潮の香りと
錆びた鉄の匂いが混じり合う
滝沢たちは
目的の、巨大な無人倉庫に着いた
璃夏は
万が一に備え
車で、待機する
外で何かあれば
滝沢の耳につけた、小型イヤホンに連絡が入る手はずだ
滝沢は
琉星を車から引きずり降ろし
倉庫の中へと入っていく
その後を
明日香が、静かについて行った
中は、がらんどうだった
天井は高く
コンクリートの床には
油の染みと、正体不明のゴミが散らばっている
ただ、中央に
誰が忘れていったのか
古い事務机が、ぽつんと置かれていた
滝沢は
琉星を、太い鉄骨に
手際よく、縛り付けた
まるで、一つの荷物を処理するかのように
無駄のない、冷たい動きだった
明日香は
その光景を、静かに見つめていた
そして
ゆっくりと、琉星の前に立った
明日香:「……さぁ」
明日香:「あとは、音楽界の女帝が、いらっしゃるだけですわね」
その声は
完璧にコントロールされていた
だが、その奥には
地獄の業火よりも熱い、何かが燃え盛っている
滝沢は
その芝居がかったセリフに
ニヤリと笑う
滝沢:「ここで、コンサートでもやるのか?」
明日香は
縛り付けられた琉星を見下ろした
明日香:「一つだけ、お聞きしたいことがありますの」
明日香:「あなた、未香とは、どこで知り合ったの?」
琉星:「……たまたま、その辺でだよ」
その、反省の色のかけらもない
舐めきった態度
パァン!
乾いた音が、だだっ広い倉庫に響いた
明日香の、渾身のビンタが
琉星の頬を、完璧に打ち抜いた
明日香:「正直に、お答えなさい!」
いつもの、上品な話し方ではない
5年間の、赤坂の夜で
決して誰にも見せなかった
斉藤明日香という、一人の女の
剥き出しの、怒りだった
琉星は
死んだ魚のような目で、明日香を睨みつける
明日香:「あなたが、未香のTikTokライブで」
明日香:「彼女と話していたのは、知っているのよ」
明日香:「もう一度、聞くわ」
明日香:「どうやって、未香と知り合ったの?」
琉星:「……だから、たまたま、TikTokで見かけて…」
明日香は
再び、その白く美しい手を
大きく、大きく、振りかぶった
琉星:「わかった!わかった!殴らないでくれ…!」
琉星:「……お前(響)に、近づけなくなってからだ」
琉星:「お前に似た女がいないか、ずっと探してた」
琉星:「そしたら、お前に妹がいることが分かった。それが、未香だった」
琉星:「……だから、あいつに、近づいた」
明日香:「……なぜ、私に、それほど執着するの?」
その問いに
琉星は
何か吹っ切れたように、狂ったように、笑い出した
琉星:「……屈辱だったんだよ!」
琉星:「どんな女も、プレゼントをやれば、金を出せば、思い通りになってきた!」
琉星:「でも、お前だけは違った!」
琉-星:「どれだけ高い酒を頼んでも!どれだけ高い宝石をやろうとしても!」
琉星:「俺は、お前に、相手にされなかった!」
琉星:「俺が、生まれて初めて、手に入れられなかった女なんだよ、お前は!」
その、あまりにも身勝手で
あまりにも幼稚な、独白
明日香:「……たった、それだけ?」
琉星:「『それだけ』だと!?」
明日香:「それだけの理由で」
明日香:「私の妹は、死ななければならなかったの!?」
その、魂からの叫び
明日香の瞳から
この事件が起きてから、初めて
大粒の涙が、流れ落ちた
それは
妹への、申し訳なさと
目の前の男への、殺意が入り混じった
熱い、熱い、涙だった