第七章:女帝への宣戦布告


【深夜・走行中の車内】

後部座席
その両端に明日香と滝沢
真ん中に
手錠をかけられた桐生院琉星が座っていた
車が走り出してすぐ
明日香が、琉星に話しかけた
その声は、鈴が鳴るように美しく
そして、氷のように冷たかった
明日香:「お久しぶりですわね、琉星坊っちゃま」
琉星は、ぎょっとして明日香の顔を見た
琉星:「……ひ、響!?」
琉星:「どういうことだ!お前ら!」
琉星が、滝沢に抗議の声を上げる
だが
滝沢は、彼に視線を合わせない
滝沢:「5年前、忠告したはずだ」
滝沢:「二度と、彼女に関わるな、と」
その、低く、静かな声
琉星は、顔が変装されていても
その声の主が誰なのかを、理解した
滝沢:「今から、俺の言う通りに行動しろ」
琉星は、恐怖に顔を引きつらせ
ただ、俯いていた
滝沢は、琉星の顎を掴み
無理やり、顔を上げさせると
その口の中に、銃口を、深くねじ込んだ
滝沢:「……分かったのか?」
琉星は、ガクガクと震えながら
声にならない声で、何度も頷いた
滝沢は、銃口を抜くと
今度は、明日香に向き直った
滝沢:「響、桐生院彩音に電話しろ」
滝沢:「呼び出す場所は、品川埠頭、第七倉庫だ」
明日香は、頷くと
スマートフォンの電話帳から
あの、悪魔の番号を呼び出した
彩音:『もしもし』
明日香:「桐生院彩音様で、いらっしゃいますか?」
彩音:『……そうだけど、どちら様?』
明日香は、返事をせず
琉星の耳に、スマートフォンを当てた
滝沢:「……声を聞かせてやれ」
琉星:「お……俺だよ、ママ……!」
彩音:『りゅ、琉星!?どこにいるの!?無事なの!?』
電話の向こうで
女帝の、完璧な仮面が剥がれ落ちた
ただの、母親の絶叫だった
明日香は、再び、自分の耳にスマホを当てた
明日香:「品川埠頭、第七倉庫」
明日香:「今から、そこへ、お一人でいらっしゃい」
彩音:『あなた……!あなた、誰なの!?』
明日香:「ふふっ」
明日香:「あなたが今、この世で、一番死んで欲しいと願っている人間ですわ」
彩音:『あ……あなたが……!』
明日香は、その言葉に被せるように言った
明日香:「では、後ほど」
彼女は、一方的に、電話を切った
その、直後だった
けたたましいサイレンの音が、急速に近づいてくる
覆面パトカーだ
スピーカーから、怒声が響く
『そこの黒い車!停まれ!』
滝沢は、静かに後ろを振り返る
そして、ピストルに、音もなくサプレッサーを装着した
パスッ、パスッ
後部座席の窓ガラスに
二つの、小さな穴が空く
それと、ほぼ同時に
背後で、甲高い破裂音がした
覆面パトカーの、左右の前輪が、完璧に撃ち抜かれていた

【覆面パトカー車内】

石松:「うぉー!」
石松:「ハンドルが効かねぇ!」
車はコントロールを失い、激しく蛇行する
石松は、やむを得ず急ブレーキをかけ
路上に、停車した
石松:「くそぉぉぉぉっ!」
彼は、ハンドルを、何度も、何度も殴りつけた
黒いセダンは
すでに、夜の闇へと、消えていた