不幸を呼ぶ男 Case.2


【深夜・麻布警察署】

滝沢は
窪田になりすまし
麻布警察署の、通用口を抜けた
中は、消毒液の匂いと
夜勤の警官たちの、気だるい空気に満ちている
誰も、彼に注意を払わない
彼は、この巨大な組織の
名もなき、歯車の一つだった
滝沢が、廊下を歩き始めた
その時
耳に埋め込んだ、超小型のイヤホンから
静かな声が、聞こえてきた
璃夏:『……聞こえますか、滝沢さん?』
車の中で待機している
璃夏からの、通信だった
滝沢は、誰にも気づかれぬよう
喉の筋肉を、わずかに震わせる
骨伝導マイクが、その微細な振動を拾い
音声に変える
滝沢:「……ああ」
璃夏:『監視カメラの映像は、全てこちらでモニターしています』
璃夏:『今から、あなたを、鍵の保管場所まで、誘導します』
滝沢は、彼女の指示通り
足を進めた
璃夏:『次の角を、左にお願いします』
璃夏:『三つ目のドアが、職員休憩室です。鍵は、その中にあります』
滝沢は、休憩室のドアを開けた
中には、二人の若い警官が
眠そうに、テレビを眺めている
璃夏:『保管庫は、部屋の奥。自販機の、右側です』
滝沢は、ごく自然な動きで
部屋の奥へと向かう
そして、自販機で、缶コーヒーを買った
若い警官の一人が
気だるそうに、声をかけてくる
警官:「お疲れ様です、窪田さん」
滝沢:「……おう」
彼は、窪田の声色を完璧に真似て
短く、応えた
そして、コーヒーを飲みながら
さりげなく、鍵の保管庫へと近づく
璃夏:『今です。二人は、テレビに集中しています』
滝沢は
目当ての鍵束を
音もなく、フックから外すと
自分のポケットへと、滑り込ませた
全ては、ほんの一瞬の出来事
滝沢は、再び、廊下へ出た
璃夏:『次は、地下です。留置所へ向かいます』
彼女のナビゲートに従い
滝沢は、地下へと続く、冷たい階段を降りていく
空気が、ひやりと変わった
重い鉄の扉が、いくつも現れる
璃夏:『一番奥のブロックです。琉星の独房は』
滝沢は
いくつもの、重い扉を、手にした鍵で開けていく
そして、とうとう、目的の檻の前に、たどり着いた
鉄格子の向こう側
桐生院琉星が
ふてくされた顔で、ベッドに横たわっているのが見えた
滝沢は
その檻の鍵穴に
ゆっくりと、鍵を差し込んだ
カチャリ、と
小さな金属音が
静まり返った留置所に
やけに大きく、響き渡った