【滝沢のアジト】
璃夏と明日香は
息を殺して、待っていた
アジトの、重い鉄の扉が開くのを
やがて
ガチャリ、と鍵が開き
一人の男が、入ってきた
明日香は
咄嗟に、身構えた
そこにいたのは
滝沢さんではなかったからだ
背格好は、似ている
だが、顔が、全く違う
冴えない、中年男
本物の、警察の制服を着ている
だが
璃夏は、動じなかった
彼女は、その男が誰なのか
すぐに、分かっていたから
明日香は
その、あまりに完璧な変装に
ただ、言葉を失っていた
歩き方
姿勢
そして、その顔つき
全てが、先ほど写真で見た
窪田という名の警察官そのものだった
男――滝沢は
そのまま、リビングを横切り
本棚の一冊を、引き抜いた
奥に隠されたボタンを押す
ゴゴゴ……と
本棚がスライドし、隠し通路が現れる
彼は、その闇の中へと入り
数分後
手ぶらで、戻ってきた
上着の、内ポケットが
わずかに、膨らんでいる
仕事の道具を、取ってきたのだろう
滝沢:「……行くぞ」
その声も
窪田のものに、寄せている
だが、その声に含まれる、冷たい響きだけが
彼が、滝沢であることを、証明していた
璃夏:「はい」
三人はアジトを出ると
一台のセダンに乗り込んだ
璃夏が、運転席に座る
そして
一路、桐生院琉星が囚われている
麻布署警察署の拘置所へと
車を、走らせた
計画の、最終段階を
実行するために
【桐生院家・邸宅】
桐生院彩音の家は
陸の孤島になっていた
門の外には
おびただしい数のマスメディアが集結している
テレビの中継車
雑誌のカメラマン
ネットニュースの記者
彼らは、獲物を狙うハイエナのように
この邸宅を、二十四時間、取り囲んでいた
カーテンを固く閉め切った、薄暗いリビング
彩音は、一人、ソファに座っていた
目の前の、壁一面を埋め尽くす巨大なモニターには
自分の息子、琉星の顔写真と
「殺人容疑」「薬物使用疑惑」という、下品な見出しが
繰り返し、映し出されている
彼女は、静かに、電話をかけた
相手は、長年、裏で手を組んできた、政界の大物だ
だが、聞こえてきたのは
秘書の、冷たい声だけだった
『先生は、ただいま、会議中です』
彩音は、無言で電話を切った
次は、懇意にしているテレビ局の役員にかける
だが、コール音が、虚しく響くだけで、誰も出ない
(……手のひらを、返しおって)
彼女は、忌々しげに舌を吐いた
あれほど、自分の力に媚びへつらっていた男たちが
世論という、新しい権力者の前で
蜘蛛の子を散らすように、逃げていく
だが、彩音は、まだ絶望していなかった
彼女には、最後の、そして最強のカードが残っている
(……あの殺し屋は、もう動いているはず)
彼女は、先ほど訪れた、あの地下のバーを思い出す
あの、闇そのもののような、男の気配
彼なら、確実に、あの女を消す
(斉藤明日香さえ消えれば…)
(この騒ぎも、すぐに収まる)
(あの子は、また、私の腕の中に戻ってくる)
彼女は、テレビの電源を消した
そして
窓のカーテンの隙間から
外で蠢く、マスコミの群れを
まるで、ゴミでも見るかのように、見下ろした
その瞳には
恐怖も、後悔も、ない
ただ、自分の完璧な世界を汚した者への
絶対的な、侮蔑と
殺意だけが
静かに、燃え盛っていた



