【深夜・都内某所アパート】
深夜0時
安っぽい電子音が
静かな部屋に鳴り響いた
ベッドで眠っていた男――窪田は
その目覚ましを、乱暴に止める
まだ眠そうに、何度も目を擦りながら
だるそうに、体を起こした
警察という仕事は
昼も夜もない
支度を済ませ
仕事へ向かうため
彼は、アパートの玄関を開けた
その、瞬間
ドアの外に立っていた
見知らぬ男が
何の予備動作もなく
彼を、家の中へと突き飛ばした
そして
窪田の腹に
鉄槌のような、強烈な一撃を叩き込む
ぐっ、と
短い呻き声が漏れる
胃の内容物が、逆流してくる感覚
視界が、ぐにゃりと歪んだ
窪田が、意識を失う
その最後の瞬間
彼を殴りつけた男の顔を見た
(……お、れ……?)
そこにいた男の顔は
鏡に映したかのように
自分と、全く同じ顔をしていた
滝沢は
意識を失った窪田を
手早く縛り上げると
その、警察の制服を、剥ぎ取った
ポケットの中から
警察手帳や、鍵の束を取り出し
自らのポケットへと、移し替える
そして
窪田になりすました滝沢は
何事もなかったかのように
そのアパートを、後にした
闇の中
彼は、自分のアジトへと
静かに、戻っていく
計画の、第一段階は
完璧に、完了した
【深夜・ラーメン屋】
ラーメン屋の座敷は
もはや、敗戦処理の司令室だった
テーブルの上には
手付かずで伸び切ったラーメンと
無数の資料が散乱している
若い刑事:「石松さん……」
若い刑事:「5分間のループ映像……。これだけのハッキング、俺たちの技術じゃ、どこから手出しもできません」
石松は何も言わない
ただ、眉間に深い皺を寄せ
煙草の煙を、天井に吐き出していた
石松:(5分……)
石松:(そのわずかな時間で、女一人を、痕跡もなく連れ去る)
石松:(やはり、ヤツの仕業か……)
彼は、ポケットから
くしゃくしゃになった千円札を取り出し
テーブルに置いた
石松:「少し、出てくる」
石-松:「お前らは、ここで待機してろ」
彼は、部下たちの返事も聞かず
一人、店を出て
夜の闇へと、消えていった
【歌舞伎町・雑居ビルの屋上】
石松は、一人、寂れたビルの屋上にいた
眼下には、眠らない街のネオンが
毒々しい光を放っている
しばらくして
背後の、錆びついた扉が、ギィと音を立てて開いた
一人の、痩せた男が、猫のような足取りで、現れる
裏社会の情報屋だった
情報屋:「……何の用ですか、石松さん」
情報屋:「あんたみたいな、正義の味方と、俺が会ってるところを見られたら、殺されますよ」
石松:「知りたいことがある」
石松:「都内で、神隠しみてぇな拉致ができるプロは、何人いる?」
情報屋は、ニヤリと、汚い歯を見せて笑った
情報屋:「カネの話ですか?」
石松は、無言で、分厚い封筒を投げ渡した
情報屋:「……そういうプロ仕事ができるのは、一人しかいませんよ」
情報屋:「もっとも、そいつは、生きているのか死んでいるのか、誰も知りませんがね」
石-松:「……名前は?」
情報屋:「名前なんかないですよ」
情報屋:「ただ、皆、こう呼んでます」
情報屋:「―――『亡霊(ファントム)』、とね」
その言葉を聞いた瞬間
石松は、全てを確信した
自分が今、追おうとしている相手が
人間の理屈が、一切通用しない
本物の「怪物」であることを
石松:「……その『亡霊』の、根城はどこだ」
情報屋:「さぁね。誰も知らないから、『亡霊』なんでしょう?」
情報屋:「……ただ、一つだけ、噂があります」
情報屋:「15年前に、関東誠友会と旭真連合の抗争を、たった一人で終わらせた男がいる、と」
情報屋:「その男こそが、『亡霊』じゃないかってね」
石松は、情報屋に背を向けた
石松:「……もういい」
彼は、来た時と同じように
一人、闇の中へと、戻っていく
その背中は
伝説の怪物を、狩る覚悟を決めた
孤独な、狩人のものだった



