第六章:潜入


【滝沢のアジト】

明日香の、あまりに壮絶な過去の告白
その余韻が
アジトの空気を、重く支配していた
璃夏は、複雑な顔で、俯いている
明日香は、そんな璃夏の隣に行くと
その両肩に、そっと手を置いた
明日香:「……そんな顔、しないで、璃夏さん」
明日香:「私の話は、もう、終わった過去の話よ」
明日香:「今、滝沢さんの隣にいるのは、璃夏さんでしょう?」
明日香は、穏やかに、微笑んだ
明日香:「あなたには、話しておきたかっただけ」
璃夏:「……でも、私は、滝沢さんに『モノ』として扱われてますけど」
璃夏は、自嘲するように、少しだけ笑った
明日香:「ふふっ。滝沢さんだものね」
明日香も、つられて笑う
璃夏:「でも……」
璃夏:「滝沢さんは、依頼があったり、誰かに助けを求められたりしたら動きます」
璃夏:「だけど、今回の琉星を脱獄させるみたいに、自分から、誰かのために動くことは、決してありませんでした」
璃夏は、確信を持って言った
璃夏:「だから、明日香さんは、滝沢さんにとっても、きっと、特別なんです」
その、真っ直ぐな言葉に
明日香は、一瞬だけ、目を伏せた
そして、寂しげに、でも、どこか嬉しそうに、微笑んだ
明日香:「……そう、かしらね」
明日香:「だとしたら、嬉しいわ。……でも、それだけよ」

【アトリエ・クロマ】

滝沢は
車を降りると、一軒の洒落たビルの地下へと入っていった
そこは、映画やイベントの特殊メイクを専門にする会社
アトリエ・クロマだ
滝沢が中に入ると
派手な身なりの、一人の女が駆け寄ってきた
ここの主、加藤さおりだ
さおり:「また急に来てー!」
さおり:「こっちには心の準備が!」
さおりは、そう言って、頬をぷっくりと膨らませる
滝沢は、何も言わず
懐から、分厚い札束を三つ、彼女に渡した
さおり:「さぁー!お客様!こちらへどうぞー!」
さおりは、現金を見るなり、満面の営業スマイルになった
滝沢を、美容院のような椅子へと誘導する
さおり:「で、今日はどの『顔』にするの?」
滝沢は、璃夏がプリントアウトした
看守の男の写真を、さおりに渡す
さおり:「あら、まあまあ似た顔つきじゃない」
さおり:「これなら、早く終わりそうね」
滝沢:「急ぎだ。どのくらいかかる?」
さおり:「3時間!」
滝沢は、無言で、札束をもう一つ、彼女の胸ポケットにねじ込んだ
さおり:「……2時間!」
滝沢は、深いため息をつくと
タバコに火をつけた
さおり:「ちょっと!ここでタバコ吸わないでよ!作業できないでしょ!」
滝沢は、また一つ、札束をテーブルに置いた
さおり:「……お客様。こちら、灰皿でございます」
滝沢:「いいから、早くしろ」
さおりは、プロの顔に戻ると
様々なメイク道具を手に取り
滝沢の顔を
完璧な別人へと、作り変え始めた