【桐生院家・邸宅】
外は
すっかり、夜になっていた
だが
桐生院彩音は
部屋の電気をつけなかった
薄暗いリビングの中
巨大なテレビの画面だけが
煌々と光を放っている
そこには
ネットニュースの画面と
「#桐生院琉星を許さない」という
無数のハッシュタグが映し出されていた
彼女は
氷のように冷たい目で
その光景を、ただ見つめていた
彩音:(……最悪の場合)
彩音:(琉星が、逮捕されるのは、もう仕方がないのかもしれない)
逮捕
その言葉を
彼女は、まるで他人事のように
頭の中で反芻する
彩音:(でも、執行猶予はつく)
彩音:(つかなくとも、私の力があれば、すぐにでも出せる)
彩音:(少しの間、世間から隠せばいいだけのこと)
彼女の思考に
息子が罪を犯したことへの、反省や後悔はない
ただ
完璧だったはずの自分の人生に
泥を塗られたことへの、怒りだけがあった
彩音:(あの女さえ、消えてくれれば…)
斉藤明日香
5年前の、あのホステス
あの時、完全に潰しておくべきだった
彩音:(あの女さえいなければ)
彩音:(また、各方面に圧力をかければ、まだ何とかなる)
彩音:(世論など、すぐに忘れる)
彼女はソファから立ち上がると
カーテンの隙間から
自宅の周りの様子を、そっと窺った
黒いスーツを着た男たちが
家の周りに、ちらほらと集まり始めている
マスメディア関係者だ
彩音:(……ここからは、もう、私は外に出られない)
彩音:(出る必要も、ない)
彼女は、カーテンを閉めた
そして
先ほど訪れた、あの地下のバーと
闇そのもののような、あの殺し屋の男を思い出す
契約は、もう済んだ
大金と、あの女の情報を、渡した
あとは、待つだけ
あの女が、この世から、静かに消えるのを
彩音は
口元に、歪んだ笑みを浮かべた
それは
全てを失うかもしれない恐怖と
全てを支配できるという確信が入り混じった
まさに
女帝であり
母親である
彼女だけの、笑みだった



