【都内某所】
地下のバーを出て
夜の冷たい空気に触れた瞬間
桐生院彩音は
現実に引き戻された
彼女は黒い高級外車の後部座席に
転がり込むように乗り込んだ
彩音:「一時間よ!」
彩音:「一時間以内に、あの女の居場所を探し出しなさい!」
秘書の橘に、金切り声で叫ぶ
彩音:「あとお金!急いで家に帰って用意して!」
黒い高級外車は
エンジンを咆哮させ
夜の闇へと、勢いよく走り去った
【一時間後・地下のバー】
彩音は
再び、あのバーの前に立っていた
その隣には
分厚いアタッシュケースを抱えた橘が
控えている
店主:「……VIPルームにて、お待ちです」
店主:「奥様、お一人だけ、お入りください」
店主:「お荷物は、私が持ちます」
橘はその場に残り
彩音は、一人、VIPルームの扉を開けた
部屋の闇に目が慣れる
ソファに、大きな男が座っていた
顔は影になってよく見えない
だが
その男が放つ空気は
まるで闇そのものが
人の形をしているかのようだった
肌が、ピリピリと痛い
滝沢:「……場所は、分かったのか?」
その声には
何の感情も乗っていなかった
彩音:「ええ、分かったわ」
彩音:「あの子……妹の部屋に、いる」
彩音:「これが、その住所よ。そこには、その女しかいないはず」
滝沢:「それは問題ない」
滝沢:「そこにいる人間は、全て殺る」
その、あまりに平然とした言葉に
彩音は、背筋が凍るのを感じた
自分が、とんでもないものを
呼び覚ましてしまったのだと
今更ながら、理解した
彩音:「そ、それと、これが、お金…」
店主が運んできたアタッシュケースを
彼女は、震える手で開けた
滝沢:「……それは、手付金だ」
滝沢:「成功した場合、これと同じ額を貰う」
彩音:「ええ……成功したなら、いくらでもあげるわ」
もう、限界だった
この、押し潰されそうな空気の中に
一秒でも長くいることはできなかった
彩音はソファから立ち上がると
絞り出すように言った
彩音:「……なるべく、早く、お願い…」
彼女は、それだけ言うと
VIPルームから、逃げるように出て行った
橘と共に、バーを去っていく
VIPルームには
滝沢と、テーブルの上に置かれた
巨額の現金だけが残された
彼は
その金には一瞥もくれず
ただ、静かに
闇の中で、煙草に火をつけた



