第四章:悪魔との契約



【桐生院家・邸宅】

橘が
主である彩音の前で
深く、深く、頭を下げていた
彩音:「……それで?どうなの?」
その声は
静かだったが
絶対零度の怒りが込められていた
橘:「は……。その……」
橘:「半グレや、反社会的勢力の方々には、すでにご連絡を…」
彩音:「それで?」
橘:「あの女が、今どこにいるのか分からず……」
橘:「すぐ、というわけには、いかない、と…」
その瞬間
彩音は、手にしていたティーカップを
大理石の床に、叩きつけた
パリン!と甲高い音が響き渡る
彩音:「使えないッ!」
彩音:「どいつもこいつも、私の金が無ければ何もできないくせに!」
彩音:「言い訳ばかり!」
彩音の、モンスターペアレントとしての側面が
完全に、炸裂した
橘は、ただ、震えながら頭を下げることしかできない
彩音:「……橘」
橘:「は、はい!」
彩音:「あの子は……琉星は、どうしているの」
橘:「……先ほど弁護士から連絡が」
橘:「留置施設で、完全に塞ぎ込んでおり、食事もとっていない、と……」
その言葉に
彩音の表情が、母親のそれに変わった
橘:「……ですが、奥様」
橘:「一つだけ、良いお話を聞きました」
橘:「どんな人間でも、金次第で、必ず、静かに消す、と……」
橘:「伝説の、殺し屋がいるそうです」


【都内某所・地下のバー】
帽子とマスクで顔を隠した彩音が
その古びたバーのドアを開けた
彼女はカウンター席に座る
店主:「ご注文は?」
彩音:「……変わった味のカクテル、あるかしら?」
店主:「でしたら、季節のカクテルはいかがですかな?」
彩音:「血の、味のカクテルを」
店主:「……VIPルームへ、ご案内致します」
VIPルームに入り
彩音は、テーブルの上の黒電話を
震える手で、ひったくるように取った
受話器を上げると、すぐに繋がった
『―――誰を、殺して欲しい?』
彩音:「女……!」
彩音:「女を、殺して欲しいの……!」
その声は
もはや、女帝の威厳など
どこにもなかった
ただ、息子を救いたい一心の
母親の、悲鳴だった
『……俺を納得させるだけの金を持って、明日の21時に、そこに来い』
彩音:「待って!時間がないの!」
彩音:「今日!今すぐ殺って欲しいの…!」
『……その女の居場所は、分かっているのか?』
彩音:「い、今、調べてるわ!」
『……分かった』
『一時間後だ』
『一時間後に、金と、その女の情報を持って、そこに来い』
彩音は、受話器を置くと
転がるように、VIPルームを飛び出した
店主:「お客様。血の味のカクテル、でございます」
彩音:「い、いいわ!また一時間後に来るから!」
彩音はそう言うと
嵐のように、バーから去って行った
カウンターの上には
血のように赤いカクテルが
ぽつんと、一つ
残されていた