第三章:炎上する女帝


【斉藤未香のマンション】

明日香はタクシーを拾い
妹が数日前まで生きていた部屋へと向かった
鍵を開け中に入る
そこにはまだ
妹の匂いが残っているようだった
明日香はリビングの中央で
ゆっくりと、目をつぶる
妹との、楽しかった記憶
その全てが
走馬灯のように、脳裏を駆け巡っては消えていく
しばらく、そうしていた
やがて、目を開けると
彼女は、未香の遺留品が入ったビニール袋を
テーブルの上に置いた
未香のスマートフォン
その電源を入れる
ロックはかかっていなかった
明日香は
震える指で
写真のフォルダや
友人とのLINEのやり取りを見ていく
そして
一つのアプリに、目が止まった
TikTok
明日香:(……ティックトックライブ…?)
そこには
未香が、数日前まで行っていた
ライブ配信の履歴が、いくつも残っていた
明日香は、その中の一つを再生する
画面の中で
楽しそうに、屈託なく笑う妹の姿があった
明日香:(あの子……そんなこと、してたんだ…)
明日香は
何かを決断したかのように
未香のスマートフォンを
テーブルの上に、固定した
自分の顔が
画面に、青白く映っている
そして
彼女は
TikTokライブの、配信開始ボタンを押した
明日香:「……皆さん、こんばんは」
明日香:「突然、妹のアカウントから配信して、驚かれたかもしれません」
明日香:「私は、斉藤未香の、姉の明日香です…」
配信が始まると
視聴者のコメントが、画面を流れ始めた
『え?誰?』
『てか、未香ちゃんは?』
『釣り乙』
明日香は、そのコメントには目もくれず
静かに、しかし、はっきりと
言葉を続けた
明日香:「昨日、妹の未香は、亡くなりました」
その一言で
コメントの流れが、一瞬だけ止まった
明日香:「妹は、桐生院琉星という男の、自宅マンションで亡くなりました」
明日香:「未香の体内からは、合成麻薬MDMAの成分が検出されています」
『は?桐生院って、あの?』
『まじかよ』
『事件じゃん』
明日香:「桐生院琉星という男は、国民的歌手、桐生院彩音の一人息子です」
明日香:「そして、私自身も、5年前に、桐生院琉星から、被害を受けていました」
コメントの速度が
爆発的に、加速していく
『えぐい』
『ガチのやつじゃん』
『#桐生院琉星ゆるさない』
明日香:「警察も、マスコミも、動きません」
明日香:「桐生院彩音の、権力によって、全てが握り潰されようとしています」
明日香:「だから、私は、戦います」
明日香:「弁護士を立て、検察に働きかけ、あらゆる手段を使って、彼らを司法の場で裁きます」
瞬く間に
同時接続数は、5万人を超えた
明日香:「……そして、皆さんにお願いがあります」
明日香:「どうか、この事実を、皆さんの手で、拡散してください」
明日香:「妹の無念を、晴らしてください」
明日香は
そう言うと
深く、深く、頭を下げた
その瞳からは
もう、涙は流れていなかった
そこには
地獄の業火よりも、赤く燃え盛る
復讐の炎だけが
静かに、宿っていた